「……それで、次の当番がズレる関係で明日は休み、有給消化だとさ」
『……』
「伊吹?」
『ッはあ、あ、おう、わ、わかった…』
24時間の当番勤務を終えてそれぞれ帰路に着く頃。
密行を終えて夜勤明けの妙なハイテンションをそのままに、いつもは飲み行こうよ飯食おうよとうるさい伊吹が、「お先でーすお疲れ様でーす」とだけ言い先にそそくさと帰って行った。まあ、何か用事があったりすることもあるだろうから、別に悪いことではない。ただ目線も合わさず、どこか落ち着きがない様子だったのが気になった。妙な違和感に思案を巡らせているところに、隊長から俺に例のシフト変更の言伝を預かった。「あれ、伊吹は先に帰ったの?」と俺に問う。どうも志摩あるところに伊吹あり、と思われている節がある。404というコールサインを扱うバディで業務中は基本行動を共にしていることに間違いは無いが、そんないつも一緒にいる訳では、ない、よな?
隊長に伊吹にも伝えるように言われ、とりあえずLIMEでメッセージを送る。ああ見えてマメな性格な伊吹は、10分も経てば既読がつくのに、自宅に着いてシャワーを浴びた後、確認しても既読がついていなかった。そわそわと落ち着きがなかったことと、何か関係があるのか?
このままメッセージに気付かず伊吹が明日出勤して文句を言われるのも癪なので、電話をかけることにした。5コール目で繋がった電話の先は、少し上擦った声で所々息を詰まらせていた。加えて少し上の空のようで、どうも反応が良くない。いつも通りを装うことに必死になっているようだが、明らかに様子がおかしかった。
「お前体調悪い?」
『えっ!?いやっ全然、っはあ、元気だけど?』
どう聞いても動揺している。不調を無理に隠そうとしているのがバレバレだ。
「…図星か?」
『うっいや、ふぅ、病気じゃないから、大丈夫ほんと…』
「息荒いぞ、熱あるだろ」
「やっあっ、さ、さっきちょっと動いたから!息上がってるだけっ」
普段あんなにビュンビュン走っても息を切らさず、どこまでも走り続けられるヤツが何か言っている。
普通に会話するのにも声が上擦って息も苦しくなるほどに体調が芳しくない様子に、只事ではない気配を感じる。いつも健康そのものな伊吹のことだ、どんどん悪化していく体調にどう対応していいか戸惑っているのかもしれない。俺に頼るにしても、伝染したりするのが嫌でこんなに必死に隠しているのだろうか。…余りにも水臭い。
「…とりあえずお前んち、行くから、じゃ」
『えっあっちょっと、しま!』
言いかける言葉を遮るように電話を切った。
鼻を啜ったり、声が枯れたり咳をする様子はなかったので、解熱剤を買うべきかと考え、他にも必要そうなものを脳内にリストアップする。今から買い物をしてから向かうとして、何時ごろ着くかスマホの時計を確認する。するとすぐに伊吹からメッセージが届く。
『伝言ありがと、こんなん全然へーきだから、来んなよ』
既読だけ付けて、すぐに画面を閉じた。
全然平気だという言い分は、異常を許容したヤツが言うセリフなんだよ。
それに、少しの体調不良だったら、伊吹は正直に俺に言うはずだ。ちょっと寝不足とか、ちょっと頭痛いとか。その域を出る不調を抱えているのだろう。
本当に異常がなければ、何ともないって言うだろう、伊吹ならば。
普段あんなに構え構えとうるさいくらいなのに、自分が弱ったときにはすっと身を引くような仕草に、なんだよ、と内心で悪態をつく。
野良猫にもそういう習性があると聞いたことがある。自分の死期を悟った野良猫が、天敵に襲われないように、すっと姿を消しひっそりと最期を過ごすらしい。
思わず縁起でもないことを思い浮かべ、先ほど分駐所で見た伊吹の不審な様子を思い出した。
お前は猫じゃなくて犬だろ。
こういう時ぐらい素直に俺に頼ってればいいんだよ、バカ犬。
スマホと財布を引っつかんで、急いで家を出た。
解熱剤と、高熱になっているのなら水分補給のために1.5Lサイズのポカリ2本、冷えピタ、薬を飲むのにゼリーやプリン、もう少し食欲があるのならすぐに食べられ食べやすいおにぎりも買っておくか、伊吹が普段好んでいる印象のあるツナマヨとシャケ。
備えあれば憂いなしだろ、とさまざまな売り場をウロウロしていたら思ったより大荷物になったし、時間もかかってしまった。
伊吹の家の前に無事に着く頃には昼前になっていた。
ピンポーン
ガタタッ!ドンッガンッ……
明らかに家主の物音が扉の奥からする。
物音の後、少し待つが扉が開く気配がしない。
……この期に及んで、居留守をしようとしてやがるな。
ピンポーンピンポーン
……
ピンポンピンポンピンポンピンポンピン
っだーーーもお!ご近所迷惑ですよ!!!
ダンダンダン!と響く足音と、よっぽどその声量の方が近所迷惑になるだろうという声がフェードインで近づいてくる。ガチャリ!と扉が開かれ伊吹が出てきた。その頬は薄桃色で、白い綿素材の柔らかそうなフランネルシャツから覗く首筋は汗ばんでいた。
なんだ、やっぱり熱っぽそうだな、と思いつつ、シャツの下にインナーは着ておらず、ボタンも途中の2つほどしか留められていない。ルーズなシルエットのブルージーンズには、ベルトは通されていなかった。やたら薄着だし、気怠げな印象に見える。伊吹の佇まいに妙にドキ、としてしまった。
なんか、目に毒……?
いやいや、相手は伊吹だぞ、なんだよ目に毒って。
一瞬思考が飛んで、本来の目的を思い出した。
「やっぱ熱あんじゃねえか」
ドアノブを掴んだままの伊吹のでこに手を伸ばして触れ、熱があることを確かめた。
突然触れられたことでビクリと大袈裟に肩を跳ねさせる、伊吹のまあるく狭い額は汗で湿っていて、色づく頬が示すようにじわりと熱を持っている。
「っあ、うぅ…ふぅ、でも、まあ、病気じゃないから…大丈夫…ッ」
「にしても…具合悪そうだな」
俺の手から逃れるように、ふるる、と頭を振った。
ずい、と家に上がろうと前に出るも、伊吹が邪魔で入れない。じゃあしょうがないと、腕の下をくぐろうとする。腕を降ろして俺を止めようとした。
「ちょいちょい、ほら、無事なの見ただろ?帰ったら?」
「は?熱あるんだろ?お粥くらい作ってく、あ、うどんのが良いか?」
「いやいや、まじ大丈夫だから!」
伊吹が頑なに俺を家にあげるのを拒み看病されるの回避しようとしてくる。死期が近い野良猫の話が再び頭に過った。何をそんなに隠している?相棒の一大事に力になれないほど、伊吹にとって俺は信頼できない人間なのだろうか。
「そ、んなに、俺に頼んのいやなのか…」
自分でも思った以上に悲壮感溢れる声が出てしまった。自分にとってそうであるように、伊吹にとっても俺は弱みをみせられる唯一に近い存在だと、思い上がっていたのかもしれない。言葉にして言ったこともなければ、別に誓い合うようなことでもない。ただ、共に業務を全うしていく中で、伊吹と交わした言葉たちが、視線が、俺一人の中で育っていっただけだったのかもしれないと、ショックを受けている。
「待て待て待て、なんか勘違いしてるよ志摩ちゃん!ほんとにへーき…ッ」
どう見ても平気には見えない伊吹を労わりたくて、汗ばむ首筋に触れた。いくらか冷えた自分の手が、伊吹の熱を取り除けたらいいのに、そう思いながらひたり、と触れる。意固地になって、視線を泳がせる伊吹とようやく目が合う。いつも表情で雄弁に語る伊吹の瞳をじいっと見つめて、真意を探ろうとした。
「病気じゃないのはわかった、でも具合悪いんだろ?」
「いや、えっと、むしろ元気だからっ!でもちょい困ってるだけってゆーか…」
「元気って、無茶言うなよ…困ってんならちょっとは俺を頼ってくれたって、いいだろ…」
俺が急にしおらしくなったもんだから、伊吹が動揺している。問題ないから帰れと言われたのなら、そうか良かったな、と言って差し入れを置いてさっさと帰れば良いものを、どうしてこんなに愚図っているのか、感情に置いてけぼりにされて自分でもわからなくなっている。
「いっつも頼りにしてるよ志摩ちゃんのこと、でもこれは……」
「なんだよ」
「いくらなんでも、」
「遠慮してんのか」
「そうじゃない、そうじゃなくって」
「じゃあ言えよ、なんで困ってんの」
「ん?えっと、その、でも…とにかく、大丈夫だから」
「…伊吹」
「…しま」
「何でも頼れよ」
伊吹の瞳が揺れる。
「……なんでも?」
そこに食いつくのか?
いつも「チュパチャップスの袋開かない!志摩開けて!」とか「志摩この漬物好き?俺好き!一個ちょうだい!」とか、気が飛びそうなほどくだらないことでも頼ってくるくせに、体調不良という他人に頼るべき問題でスッと身を引くのが気に食わなくて、俺も意固地になってたんだと今更気付く。お前を野良猫のように、目の届かないところで一人にさせる訳に俺にはいかない。
「何でも」
「……言ったな?」
「え、おう」
動揺していたはずの伊吹が纏う雰囲気が、変わった。
チュパチャップスの袋は流石に自分で開けてほしいが、ここで引き下がることはできない。低く唸るような声で言質を取るような、伊吹の言い方は何なんだ?
「俺は平気ってゆったよな?」
「ゆったな」
「帰るなら、今だぞ」
ここでこの俺を脅してくるのか、コイツ。
「は?だから言ったろ、病気じゃないにしろ普段と様子が違う相棒を放って置けるか」
「…じゃあ、どーぞ」
伊吹は静かにそう呟いて、ゆらりと、通路を開けた。
伊吹は俺を家に入れて鍵をガチャリと掛けた後、不機嫌そうに足を鳴らして進み、そのままマットレスを背にする定位置にドカリと座り込んだ。ローテーブルに頬杖を突いて、そっぽを向いている。徹底的に俺と目を合わせる気がないようだ。いつもなら一声かけてからキッチンに立ち入るが、俺と話す気はいまのところなさそうなので、そちらがその気なら勝手にさせてもらうことにした。買ってきた食糧をひとまず冷蔵庫に詰める。元気だから困ってると言う割には言葉を発さず静かな伊吹、やっぱり体調が悪いことを隠そうとしているのか?
「伊吹、食欲は?」
「ない」
キッチンに立つ俺に背を向けたまま即答される。
「じゃあ薬飲むのに、軽く何か…」
「志摩、いいから、こっちきて」
何かを押し殺しながら絞り出したような声で、変わらず目線を寄越さず呼ばれる。
いつも謎に上機嫌で永遠と喋り続けられる伊吹が、どこか不機嫌で何も喋らず目線すらも合わさない。…何か悩んでいるのか?誰かに言うこともできないような悩みを抱えていて、何でも頼れと言った俺に悩み相談か?そして悩みすぎて知恵熱をだしたとか?…あの伊吹が?
伊吹が纏う雰囲気に緊張感があり、おずおずと腰を落ち着かせた。
沈黙。呼んだからには何か話し始めるかと思ったが、だんまりを続けている。伊吹の様子を伺うと、ふうふうと、小刻みに胸を上下させて荒い呼吸をしている。やっぱり、辛そうだな…仮に知恵熱を出したとして、病気じゃないから薬を飲む気にもならなくて…という感じかな。
少しでも和らげばいいと、テーブルに少し前のめりになり腕を伸ばして、頭を撫でた。
伊吹がひく、と肩を揺らす。嫌がられないことを良しとして、そのまま髪を撫でるたびに、ビク、ビクと体が小さく震えている。そっぽ向いていた目が、下から伺うように上目遣いでこちらに向かった。目元にはじわりと赤色が滲んでいて、瞳には涙の膜が張ってあり、熱っぽく潤んでいる。そして気持ち良さげに目が細められ、ゆっくり、体ごとこっちに向けられる。髪を撫でていた手が頬へと滑り、熱を滲ませた頬を撫で降りていく。その手に伊吹が猫のように擦り寄った。はふ、と溢れた熱い息が手にかかり、ドキドキした。どうしたんだよと振り払えばいいのに、なんでドキドキしてるんだ俺、相手は伊吹だぞ?さきほども同じことを思ったんだっけ、と思考の片隅で思うも、伊吹の潤んだ目と悩ましげにひそめられる眉に釘付けになる。
「もっと、撫でて…」
初めて聞く伊吹の声色は、ざらりと掠れ甘く響いた。
じわじわ少しずつこちらに迫ってくる伊吹が、やがて目の前まで来て、カクンと力が抜けて俺の肩へ持たれてきた。頭を肩に抱えるようにして撫で続ける。黒髪越しの皮膚が熱く、熱を持っているのを感じる。はあはあと完全に息が上がっている。触れている肩はもちろん、体が近いだけでじんわりと伊吹の高い体温を感じた。首筋に鼻先ですり…と懐かれて、思わぬ摩擦に、はっ…と息を詰めてしまう。ドクドクと心臓の音がやけに耳の奥に響いている。
ゆらゆら、体を起こした伊吹と目が合った。
完全に潤んでいる瞳は、確かに病気ではない熱を孕んでいる。
(これ、って…)
そう思った瞬間、伊吹の口が大きく開いて白い犬歯が2つ、目に入った。あ、と思う間もなく、がぶりと噛み付くようにキスをされる。一瞬怯んで反射的に身を引こうとしたが、首に両腕を回され背中あたりの服を掴まれてそれ以上動けなかった。それに、唇を吸っては犬歯で甘噛みされる刺激で腰が震えていた。束の間鼻で息をするのを忘れて、はく、と口で息を吸ってしまう。そのタイミングを待っていたかのように熱い舌が差し込まれた。舌で舌を掬われて、軽く噛まれて舌先を引っ張り出される。伊吹の舌で舌の表面を摩られて、ゾワゾワ、快感が迫り上がるようだった。
やばい、キスなんて久しぶりにした、いやしてる…
しかもこんな荒々しく、快感をただひたすら追うような、気持ちいい…
思わずうっとりとして、思考がどんどん麻痺していくような気がした。
肩を掴まれて、ぷはっと勢いよく伊吹が離れていった。背中を大きく膨らませては、縮む、ハアハアと荒い呼吸だった。俺も、心臓がドクドクと忙しなく動き、それに合わせて小刻みになる呼吸をそのままにして、もう少し、していたかったな…と思っていた。
いやいやいや、違うだろ、しっかりしろ。
ドサッと音を立てて、伊吹が最初の位置に戻った。
伊吹に舐められた唇がまだジンジンと痺れるようで、ぼおっとしながら伊吹の動きを見るだけだった。伊吹は俺の手を片手でぎゅっと握ったまま、腕を伸ばして距離を取っている。さっきと同じく頬杖をついて目線を逸らした。前髪で表情も見えない。何とか落ち着こうとしているようだが、相変わらず肩で息をしているし、握られた手が燃えるように熱い。
「……おれ、3ヶ月に、1回くらい、なんつーか、その…」
前髪から少し見える目が、一瞬こちらに向けられすぐに逸らされる。
「ハツジョーキが、あるっぽくて……普段あんまり、…オナったりしねーのもあるかもだけど、忙しいと忘れるっていうか…」
…ハツジョーキって、発情期、か?
逃がさんと言わんばかりに強く掴まれる手が熱くて、伊吹の言葉の脳内変換が追いつかない。
「だからそんときは、ひたすら、あーと…ひとりでシてる。
そしたら志摩から電話あって、悩んでとりあえず出た。
だから動いてて息上がってたのは、ホント」
再び沈黙。
変わらず目線を合わさずそっぽを向く伊吹が、ドンッと音を立ててテーブルに何かを置いた。
なんだ、と見ると、そこにはディルドが鎮座していた。
「志摩が、ピンポン連打したとき、コイツつかおうとしてた」
こいつつかおうとしてた、脳内でもう一度復唱した。
情報量が多すぎて追いつかない思考が、グイッと腕を引かれることで現実に戻される。手がテーブルの上に押し付けられ、上から伊吹の手が抑えてくる。体が前のめりにテーブルに乗り出して、顔のすぐそばに、妙にディティールがリアルなソレがある。そこでようやく目が合い伊吹が目を覗き込んできた。目の前に並ぶ伊吹の顔とディルド、あまりにも現実味の無い光景。
「意味、わかるよな?」
「え、あ、うん…」
さらに顔が近づけられて、2つの目が俺を射抜く。視線が捕らえられたように、目を逸らすことが出来なかった。伊吹の瞳孔がギュッと広がるのを見た。
「なんでも、するんだもん、な?」
伊吹がニィ、と口だけで笑っている。
淡い色の美しい獣の目が、ギラギラ光っているのに見蕩れて、心臓がバクバクと暴れだし声が出ない。首を傾け唇に吸い付くようにキスをされる。その甘い刺激に目を閉じて耐えた。
そのまま手をグッと引かれて横に体勢を崩したところを、さらにマットレスの上へ投げ出されるように乱暴に押し倒される。背中から投げ出されたことで一瞬息が詰まって腕を突こうとするも、伊吹が腹に跨る方が早かった。
「あーあ、かわいそーな志摩、ふふ…」
腕と肩を両手で押さえつけられて動けない。ほとんどボタンの留められていないシャツから、色白い素肌がほんのり色付いているのがよく見える。ベルトが通されていないジーンズは、フロントのボタンが留められていない。腰元でダブつくジーンズが、伊吹の細く締まった腰を強調させていた。手を回してその腰の細さに触れたいという欲が浮かび、目を奪われていると、伊吹が目の下にキスをしてきた。それから首へキスをされて、首筋に舌が這わせられる。濡れた感触に熱い吐息をかけられて、ゾクゾクと首の後ろから脳天まで、快感が走っていくのを感じる。目を強く閉じて情けなく声が漏れるのを堪えた。
「さっき、ちゅー気持ちよさそうだったよね…ちゅう、好き?」
首筋に唇をくっつけたまま伊吹が喋る。籠った声が耳に纏わりつく。伊吹のキスにうっとりしてしまっていたことが、バレていたのが恥ずかしくて、顔に熱が籠るのを制御出来ない。
「う、ああ、うん…」
「ハア、はン、ん、ふふ…そーなんだ、もっとしよーぜ…」
ゆっくり頭をもたげて口を大きくあーん、と開けて唇を舐められる。思わず、犬みたいだなあとぼんやり考えて、その熱い舌を受け入れた。開けたままの伊吹の目が気持ち良さそうに蕩けている。また口中を舐められて、刺激されることで溢れ出そうな唾液をじゅるると音を立てて吸われる。伊吹が俺の唾液を飲み込んでいると思うと、体がカッと熱くなって腰がどんどん重くなる。鼻呼吸もやっとで、お互い荒い息を零しながら、口中を貪る。こんな、容赦ない獣みたいなキス、初めてしたわ…!くせになっちまったら、どうすんだよ……と無責任に思いながら、伊吹に好き勝手舌を使われる度に、ビクビク腰が揺れて快感に翻弄される。
伊吹の赤い舌がずるりと俺から出ていき、その舌から続く銀色の糸がぽとりと下唇に乗った。それに気付いた伊吹が、また体を倒し下唇ごと強く吸って、流れるように首筋に顔を埋めてくる。首筋に吸いつかれる刺激に、燻る理性をさらに焼き焦がされている気がする。ぼおっとしていると、さっきまで腕を抑えていた手が、プチプチとシャツのボタンを外している。
「伊吹っシャワー、シャワー浴びたい」
理性をぶっ飛ばしたまま事に及んでしまうことに危機感を覚えて、咄嗟に声をかける。間を置けばお互い少し冷静になるかもしれないと望みをかけた。
「はあ?ここ来る前浴びただろ」
「…え」
なんでわかんだよ…
確かに仕事から家に帰ってまずシャワーを浴びたが、髪が濡れている訳でもないし、そもそも2時間ほど前だ。
胸元のシャツを両手で掴まれたまま、胸元や髪の毛をクンクン、伊吹が嗅いでくる。
「しまの、シャンプーとボディソープの匂い、する」
石鹸の匂い、と一括りにするんじゃなくて、シャンプーとボディソープの香りを嗅ぎ分けているんだな、コイツ。どんだけ鼻が利くんだ。
ぐりぐりと顔を擦り付けるようにされ、吐息が素肌のあちこちにかかってむず痒いような、ゾクッと震えるような。
「今更、逃がさねえぞ」
顔の横に両手を突いて檻のように逃げられないようにしながら、再び強く睨まれる。強い語気とは反対に、その目には怯えの色が見える。そこに伊吹の優しさという詰めの甘さが含まれているように感じた。何を今更、俺に対して踏み込むことを躊躇っているんだ。
「…逃げる?俺が?ハッ、誰に言ってんだよ」
伊吹ごと体を起こして、伊吹によって気崩されていたシャツとインナーをマットレスの横に脱ぎ捨てた。
「男に二言はねえ」
「……ハハッサイコー、興奮する」
嬉しそうに口角が上がって白い犬歯が2つ、再び顔を覗かせた。鎖骨にかぷ、と甘噛みされながらまた押し倒される。胸筋のなだらかな山を辿るように吸い付かれながら、伊吹はふんふん鼻を鳴らして俺の肌の匂いを嗅いでいる。
「ん〜、シャワー浴びて来なかったら良かったのにぃ」
仕事終わりのまま外出、ましてや他人の家に上がるなんて俺には考えられない。
べろん、と脇の近くを舐められて、体が強ばった。
「志摩の匂い好きぃ…」
目がとろりとして、潤んでいる。目を合わせてうっとり囁かれると、悪い気はしないしむしろもっと嗅いで俺に夢中になればいい、とすら思った。
「…犬かよ」
精一杯の強がりで言った。
「どっちかつぅとネコですけど」
ああ、受け入れる側っていう、意味でか。
そう言いながら大きな手でベルトを外され、下着ごとずるんと脱がされる。既に興奮の兆しを表すそれが引き出されて、いよいよ恥ずかしくて伊吹の顔から目を逸らして腕で顔を隠した。
「んふ、もうちょっと勃ってんじゃん、ちゅう大好き志摩ちゃん?」
「…うるせー」
ひと睨みしてやろうと腕を外すと、伊吹の顔がすぐそこまできていて、再びキスをされた。伺うように唇を吸われ、たまらなくなって口を開けると伊吹の熱い舌がゆっくり入ってくる。歯をなぞられて、上顎を辿られる。同時に伊吹の右手が俺の陰茎を扱き始めた。手コキなんてされるの、久しぶりで気持ちいい。適当に処理するのとは全然違う。伊吹の大きく凹凸のはっきりした手から与えられる刺激に身を任せる。
「ふっ、ん…ぁふ、」
「あーもうガチガチになった…すごぉ、あいちゃん嬉しい…」
興奮しきっている伊吹の口の端から、つう、と唾液が垂れた。感じている表情を見逃さんとばかりに目を合わせながら、俺が零す先走りの滑りを使って扱かれる。爛々とした目、湿った水音に駆り立てられる。
「志摩って俺より背ェちっちゃいのに、ちんこはデカいんだな」
「そう、か?」
「うん、おれのトモダチより、でっかいもん…」
伊吹の視線が、テーブルの上に立つディルドに向けられた。トモダチ…?俺のちんこ扱きながら、他人のちんこを思い浮かべたのか?誰だよ、そいつ。そう思って、胸に謎のモヤがかかったような気がした。
「あ、だから態度もでっかいのか」
何故俺は今モヤっとした?と考えることに気を取られて、何やら失礼なことを言われた気がするが反応出来ずにいると、ゴソゴソとゴムを取り出した伊吹に装着される。いよいよか、と伊吹の一挙動に目を奪われていく。気付けば腕にかかるだけになっている白いシャツをそのままに、伊吹がジーンズを脱ぎ始める。
既にもう完全に勃ち上がってる伊吹自身が、すぐに現れた。
「えっノーパン…?!」
思わず釘付けになって、驚きがそのまま口から出た。
「だぁって、志摩がもう入れるって時にくるから!」
「おま、出てきたとき、ノーパン…?!」
「そーだよ、悪ぃかよ」
「いや、だって、お前もう少し危機感を」
「はい、もう黙れ」
キスで唇を塞がれた。あむあむと、唇を擽られ意識が霧散していく。そうしているうちに逆手に陰茎を支えながら、騎乗位で伊吹の体内に迎えられた。熱くぬるつく肉輪にゆっくり、ゆっくり、飲み込まれていった。あまりの快感に腕に鳥肌が立つ。
「…ひ、ぐっ……」
「あっあぁっ…はぁっ、しまの太い、ナカ、広がって……んん〜ッ生ちんぽ、やば、きもちい…っ」
伊吹が腰を少しずつ落としながら、うっとりといやらしい実況をしてくる。いつもは跳ね上がる目尻がとろんと、桃色に溶け出している。
なんだよ、生ちんぽって…他の生ちんぽ知ってんのかよ…伊吹から飛び出す淫語について問いただしたくて、イライラする、ちんぽが。
やがて尻たぶが俺の腰に密着した。
「あー…すご、めっちゃ奥、はあ、全部、入った…♡」
そう言いながら、伊吹が自分の下腹部を撫でている。俺自身がどこまで入っているか、見せつけるかのような仕草、かたちを確かめるようにきゅうきゅうと甘い収縮を繰り返すナカの動きに喉が仰け反った。
「よい、しょ…動くね」
伊吹が腹筋に手を突いて、腰を大胆にグラインドさせるように動き始めた。腰使いがエグくてあっという間に責め立てられる。なんか、やたら慣れてないか?情けなく息を切らしながら、イライラが収まらない。
ナカに馴染ませるような動きから、小刻みな上下運動に変わっていく。トントンと腰が打ち付けられている。
「はぁ、うっんっ!やばぁ、あっあぅ!すぐイく…イッちゃう……!」
ガクン!と勢いよく震え、背中が丸まって俯いた。伊吹の陰茎から、白濁が飛び出て俺の腹と胸を汚した。腹に手をついて肩をヒクヒクを痙攣させながら、浅く呼吸を繰り返す伊吹と目が合う。前髪から覗く虚ろな目が瞬きを繰り返している。
「はぁ、は…ごめ、ん、しまに、かけちゃった……」
横に脱ぎ捨ててあった白いシャツで白濁を拭われる。
「それ、俺のシャツ」
「え……うっそ、ごめん!新しいの買って返す」
「そんなんどーでもいい」
「え、あっ?!」
未だ挿入ったまま跨っている伊吹を下から突き上げる。横に投げ出される伊吹の太ももを両手で乱暴に掴んで逃げないように固定する。その反動で伊吹は体勢を仰け反らせて、後ろに手をついた。
「俺まだッイってないッんだけど!」
「あぅっ!ひゃば、ッ♡きもちい…またイく、いぅ…ああぁ!」
「ハッ、ぐぅっ、あー俺も、無理、ハァぐっ…!」
腕に掛かっていただけの伊吹のシャツが自然とずれ落ちた。胸を大きく仰け反らせてガクガクと大きく痙攣している。ぎゅうぎゅう搾り取るようなナカのうねりに耐えきれず、イった後も伊吹の奥を突き上げるように腰が動いた。指の跡が残りそうな程太ももを掴んでいた手から力が抜け、支えを失った伊吹がそのまま後ろにずり落ちて腰を落ち着かせる。その勢いのまま、伊吹のナカからずるんっと抜けていく。
目の前には息が落ち着かない伊吹に合わせてくぱ、くぱと、収縮を繰り返すのが見えた。カーテンが引かれ少し薄暗い室内の少ない光だけでも分かるほど、てらてらとぬかるんでいる。後ろに手をついて、膝を立てた体勢で無防備に俺の前に晒されている。決して大きくもないこの穴が、俺を受け入れ善がっていたんだと思うと、ごくりと思わず生唾を飲んだ。何かの引力に操られるまま、手を伸ばした。
「んっ、え?ちょっ、と、志摩…っ」
「すごいな…すっげーピンク…くぱくぱしてる」
中指と薬指をまとめてナカに埋め込んだ。伊吹が自分で慣らす時に使ったであろうローションが温められ、熱く柔く蕩けていた。伊吹が俺の左腕を掴むが、その動作は制止の意味を成さず、簡単に指の股まで侵入を許した。指を曲げて、伊吹がさっきまで髪を振り乱しながら感じていた箇所を探るように動かす。肩を小さく振るわせながら快感を拾うその表情を見逃したくなくて、右手を伊吹の腰の横に突いて、近づいた。
「はっ、あうっんんっ!アッそこ、そこ…だめなとこ…っ」
「、ここか?…ッ、ダメなの?」
「きもちすぎて、だめぇ…っ」
そんな言い方で、止まれる男なんていないだろ。
ナカを押し込むようにして指先に力を入れ出し入れする。ガクガク震えながら歯を食いしばって声を抑えようとしているが、泣き声みたいに唸っている。大きく体を前に強ばらせて、俺の肩に顔を預け背中にすがり付かれる。伊吹の香りを強く吸いこんで、耳がカッと熱くなった。
手の動きをさらに大胆にしても、伊吹のナカは悦ぶようにぎゅうぎゅう指を締め付けてくる。真っ赤に染まる伊吹の耳を横目に見つけて、自分から零れる吐息を流し込んで、そっとキスをした。そのささやかな刺激でピクリと反応をして、涙をいっぱいに溜めた熱っぽい視線が絡んだ。はくはくと震える唇に噛み付いて、目尻から零れそうな涙を舐めた。コツンと額を合わせたまま、鼻先でスリスリと懐かれる仕草に胸が締め付けられるようだ。鼻にかかった甘い声がひっきりなしに漏れている。
「はぅ、ん、んんっ、しま、イく……ぅ」
「はぁ……いいよ、イって」
「んんっ、ふ、うぅっ……」
伊吹の陰茎からはとろとろと白濁が零れている、自身の腹を汚していた。目を強く瞑って俺の肩に顔を擦り寄られている。そして開かれた目がギラギラと、鎮まらない鋭い熱で射抜かれて、ゾクリと背筋に快感が走った。
「……あは、そんな物欲しそうに見なくても、くれてやるよ」
伊吹の肩を掴んでひっくり返して、腰を上げるように膝を付かせる。先程ゴムを取り出してたであろう、枕元をまさぐる。……あった、ガチガチになった自分自身に装着する。先っぽを入口にピタリとくっつけると、伊吹が期待が篭った声を零した。ぐぅっとナカに押し挿入れて、腰を掴んで引き寄せて、伊吹の尻に自分の腰を打ち付けた。奥まで入ると伊吹の背筋が震え、衝撃が背骨を伝っていくように見えた。両手で細い腰を掴んで、無我夢中で動かした。
「ハッあぁっ、も、いく、奥、すごっ……!」
ぎゅうぎゅう締め付けられているのに、ぬるぬるで、めちゃくちゃ気持ちいい。伊吹の喘ぎ声と、打ち付けられて肌がぶつかる音、自分の荒い息しか聞こえなくなって、思考が鈍っていく。キレイに浮き出た肩甲骨と背骨が目の前で艶めかしく畝る様子に喉が鳴った。襟足から中指を這わせ首の骨、背骨を辿り、尾骶骨をなぞった。その指が降りていくのに合わせて、伊吹が背を反らせて果てた。シーツを掴む腕から力が抜け腰だけが高い状態で、顔からぺしゃりと倒れ込む。
その様子に動きを止めるが、変わらず自身は挿入れたままで懸命に締め付けナカの蠕動に煽られる。
もうガマンできない、もういいか?いいな。
伊吹の両腕を掴んで上体を起こさせる。俺の太ももの上に腰掛けるような体位で、伊吹の腕を体の後ろで引くように持つとより奥まで埋まった。突き上げると逃げていきそうな体を、腕をひいて引き止める。
「しまッまって、それやばっ深…!」
喉から搾り出すような声で伊吹が静止を促すが、ナカがきゅうきゅう吸い付いて感じているのが丸分かりだった。無視して突き上げ続けると、意味を成さない喘ぎ声が、甘さを増して大きくなっていく。
初めて見る伊吹の乱れた姿に駆り立てられて、汗が流れ落ちるのも気にならない。この姿を俺以外も知っているかもしれないという可能性に、思考がじりっと妬かれるような気がした。
「あっ♡すごいのきちゃうっきもちっ……っ!?」
腕を後ろに強めに引いたまま、腰の動きを止めた。イってしまいそうなのを腹筋に力を込めて、伊吹の肩に頭を預けて耐える。浅くなったままの呼吸を落ち着けようと息を大きく吸い込んだ。
「ハアッハァッ…なんで…?いきたいぃ、いかせてっ……!」
「はあ、ハッ……なあ、伊吹、お前のオトモダチと俺のちんぽ、どっちが善いんだっ?」
腰を大きく引いてバチンとナカを一突き、突き上げる。
「はあぅ!ハ、な……?」
「なあ、どっち?」
もう一突き。
幼稚な嫉妬心だなと、もう一人の自分がいたら笑われているだろう。
「はっあっ!!ふ、フゥ……チッ」
え、今、舌打ちした?
「おれの、オトモダチ……すぐイかせてくれるし…!志摩より、付き合いっ長いし……!」
「ア……?」
ああ、そういうこと言うんだ。これは完全に俺への当てつけだろ。もうキレた。
掴んでた腕から手を離し、抱え込むように腕を前に回して両肩を掴んで、密着を増す。完全に伊吹の体重が俺にかかり奥に埋まったまま身動きを封じた。もがくように俺の手首を掴んでくるが、善いところに当たるのか力が入らず、されるがままだ。最奥の善いところを捏ねるように、ピストンはせずグラインドさせる。
「ひっぅぎゅ……!うっゔぅっしょれ、むり……っ!」
「こんな美味そうにぎゅうぎゅう、吸い付いてきて…あはっそれは無理あんだろ!伊吹?」
腰を回して奥を撫でるようにする。伊吹が不規則に震えながら、逃げようと腰を引こうとするが許すわけがない。
「あ!あ!うぅ〜〜〜っハハッ!しまのちんぽより、きもちいっ」
そうだった、強情なヤツだよな、コイツ。俺もだけど。
「ふぅーん、じゃあこのままでいいな?俺よりきもちいオトモダチいるもんな?そいつにイかせて貰えるもんな?」
耳の裏に口をくっつけて、直接言葉を吹き込んだ。逃さないように肩を押し付けたまま、さらにゆっくり腰を回すようにして奥だけを責める。小刻みにリズム良くノックされるのが一番善さそうだったから、善いところを押し上げられるだけなのは、気持ちいいけど達するには物足りないだろう。
「はっふえ…っそれダメっおかしくなる、おかしくなる……!ぁめだってぇ……!」」
足掻いても離してくれないと理解したのか、唸るような涙声に変わる。くっついている背中がさらに熱くなって、伊吹の限界の瀬戸際を感じた。正直に言わなきゃ、焦らしたまま我慢くらべをしてやる。
「うそっうそついたっ」
「……」
「しまの、きもちいっしまのちんぽきもちいっ」
動きを止めてやる。
「……オトモダチより?」
もう一押し欲しくて、緩い小刻みなピストンに動きを変える。
「うんっうん…!は、んっあんっんっんっ♡きもちい……」
「ちゃんと言って?」
伊吹が唸り声を上げながら、頭を振って快感に身を委ねようとしている。一度大きく奥を突いて、腰を擦り付け次の言葉を待った。
「…おれのトモダチよりっ、しまのちんぽの方が、きもちいっイっ、んん…♡」
「……いちばん?」
伊吹が好きなように一定のリズムで動きを再開する。
「あっ♡うん♡しまっしまがいちばんすきぃっ♡」
ざまぁみろ、俺がコイツのいちばんだ。
飢えてた独占欲が伊吹によって満たされて、再び血が全身を駆け巡った。早まる鼓動に合わせて腰を動かした。右手で伊吹の顔を掴んで無理やり後ろを向かせて、開けっぱなしになっている唇に舌を這わせる。蕩けた目尻に浮き出る涙が頬を伝って俺の舌に落ちた。伊吹が舌を絡めようと舌を伸ばし、掬うように受け止めた。甘い舌先をじゅぅっと音を立てて吸う。
「よく言えました、いいこだな、いぶき……」
優しい声で褒めてやると、伊吹の瞳にじゅわ…と欲が映るように見えた。
腰を両手で掴んで突き上げるように速める。伊吹が逆手で俺の肘を掴みバランスを取り、受け入れる体勢を整えている。ぐぅっと近づいた肩甲骨の凹凸に汗が伝って扇状的だ。しなやかに動く肉体に視線を奪われ、吸い付けられるようにキスを落とした。
「あっしま、しまぁ……!」
「ん、いいぞ、いっぱいイって」
「きちゃぅっ、こんな、しらな……ッ!」
外を走る車のエンジン音も換気扇が回る音も、もう聞こえず、伊吹と俺の嬌声と打ち付ける肌と水音のみが脳内に響く。
「はあ、いぶき、きもちいな……」
「きもちいっしまぁ、〜〜あぁっ!」
「はぁっぐっ……!」
大きく痙攣して力が抜ける伊吹が前に手を付いたまま腰をカクカクと揺らして絶頂したみたいだ。腰を持って、いちばん奥に全部をぶちまけた。
腕も力が入らなくなって強張る体が芯を無くしていく伊吹を、ゆっくりとマットレスに横たえる。ひくりと震えながら、浅い呼吸を繰り返している。伊吹の陰茎を盗み見ると、いろいろなもので泥濘んではいるが、白濁は出ていないみたいだった。
「伊吹、イったよな…?でて、ないけど…」
「はあ…はふ……しまぁ…」
とりあえず、液だまりが重くなっているゴムを外しているところで、ぼんやりとしていた伊吹に呼ばれ、視線を向けた。力なく腕を持ち上げこっちに広げられている。
「ん……?」
「ぎゅって、してほしい……」
あどけない表情なのに、眉間に寄せられた皺が色っぽい。さっきまで俺を煽り散らかしてきた人物と同じには見えないけれど、庇護欲をそそられて、どっちも愛おしいという感情が浮かんだ。
アレ?愛おしいんじゃん、おれ……
伸ばされている腕に迎え入れられるまま、伊吹の頭を胸に抱え込む。背中に回された腕がしっとりと体温が溶けて馴染んだ。頬を手のひらで優しく撫でて、眉毛、それから瞼にキスを落とした。開かれた瞳にうるうると見上げられている。そして、ひくりと肩を揺らして息を詰まらせた。余韻でまた小さく絶頂しているのか。
「はうぅ…うっんっ……」
「かわいいな、伊吹…いっぱい気持ちよくなれて、えらいなぁ……」
頭に浮かんだ感情がそのまま口から出ているのも構わず、汗で張り付く前髪を耳にかけるように頭を撫でてやる。目があって、揺れている瞳から、手に擦り寄られる仕草から、好きと伝えられている心地がする。あ〜〜〜、俺いますっごいしあわせ。好きだ。口に出せないのが辛い。
「しま…」
「…なんだ?」
「しま…もっかい…♡」
そんな甘えた表情と声で言われて、断れる理由が何一つ浮かばない。
正常位でキスをしながら一回、リクエストされて後背位で一回、そのまま崩れ落ちて寝バック。
最後の方は理性など投げ捨てて、本能だけで突き動いていた。
◇
「しま、志摩起きて、もう6時だよ」
「……ぅえ?は、え?」
白いシャツを羽織っただけの伊吹に揺さぶられ、覚醒した。
ハッとして壁掛けの時計を見ると、18時とは言えもう少しで19時になる。……計算して4時間はセックスしてたことになる。寝落ちした記憶が蘇り、ハッとして伊吹を見る。
「伊吹、体調は?」
「ん、さすがにもう、だいじょーぶ……」
「あーそっか、なら、良い」
「うん、ありがとう」
なんだ、この湿度の高い雰囲気は。妙に気恥ずかしくて居心地が悪い。手持無沙汰になって、傍に塊になっていたパンツとスボンを身につけた。かなり勢いに任せた4時間だったが、完全にシラフだったので記憶が飛ぶなんてこともなく、お互い夢中で名前呼び合ってヤリまくった記憶と形跡が、今ここにある。
「お風呂入るでしょ?」
「ああ、うん、そうする」
伊吹は立ち上がって、脱ぎ捨てられていたジーンズを履いた。あ、またノーパン……
風呂の準備に伊吹が向かう。顔を少し赤らめながら、俺のシャツをそそくさと拾っている。洗濯してくれるんだろう。
「準備できたよ、先どーぞ」
「え、いや、お前のが負担大きいだろ、先入れよ」
「いや志摩お客さんだから、いちばん風呂」
「別に、客って程じゃないだろ…」
「……」
「……」
「じゃあ、一緒はいる?」
「……そうするか」
「……うん」
なんだか離れ難くて、素直に提案を受け入れた。
さっきまで当たり前にお互い全裸だったのに、また脱衣所で服を脱ぐのにいちいち照れてしまう。順番にシャワーで汗を流して、伊吹が先に湯船に浸かる。どうぞと腕を広げたまま見上げてくるので、まあそうなるのか…と思いながらそろりと脚をつけた。
身長差的に抱き抱えられる体勢になるが、そこまで広くない浴槽に文句は言えない。単身者用なのだから十分だろう。男二人がなんとか収まることで、お湯が勢い良く流れ出た。
「俺思ったんだけどぉ」
「なんだよ」
「志摩さあ、勘違いしてると思うんだよね」
「勘違い?なにを」
「俺のオトモダチ」
心地よいお湯と伊吹の肌で微睡んでいた神経が、急激に緊張する。
伊吹の……セフレだか彼氏だかの話を今出すのかコイツは。応急処置的とはいえ、あんなに睦み合った後に第三者の話をするのは気が引けるだろう。それに、ついさっき肌を重ねて自分の気持ちを自覚したばかりの俺は、よく分からない手順で失恋をすることになるのだろうか。そこまで考えて、せめて、伊吹の体温を一番近くで感じられる、今この場を噛み締める時間が欲しいと思った。
「お前のオトモダチの話、今するのか……?今度でもいい?」
「いーや、今しなきゃダメって言ってる!」
「誰が、お前の勘?」
「そ、さすがしまちゃん」
伊吹が首をもたげて、頬にキスしてきた。絆され、ない。やけに可愛く響くリップ音は俺の淡く儚い恋心補正だろうか。胸が甘やかな音を立てたのを無視して、マナー違反なんじゃないか、と抗議のつもりで眉間に力をいれる。
志摩は今後手頃なセフレね!とかって言われるんだろうか、そういうふしだらなのは良くないと思う。相棒権限でなら、どこまでの束縛は許されるんだ。でも待てよ、例のオトモダチより俺のちんぽが善いって言ったもんな……?あれは嘘じゃないよな?今の俺にはそこに縋るので精一杯だった。
「俺のいうオトモダチ、あいつな?」
伊吹が親指で風呂場の外を指している。
「え?」
「だから、テーブルの上の、あいつ……」
「えっ?あの?ディル「そう!そうだって言ってんじゃん!」
そこ恥ずかしがるの?自分で出してあんなとこ置いたくせに?
肩透かしをくらったようで、問題の当人の表情を窺いたくなった。体を捻って後ろを向くと、温まって血行が良くなっているにしても、赤い顔をしている伊吹が口をとんがらせている。見んなよ!とぱしゃぱしゃとお湯をかけられた。
「でも、生ちんぽとか言ってただろ……?」
あのディルドが伊吹が言うオトモダチなだけであって、他ちんぽを知らない理由にはならない。ぬか喜びはしたくない。そうだ、俺は理性的な刑事。あああ慌てるな。
「うっ、それは!おれのトモダチしか使ったことなかったから……あったかいし、いいとこにぴったりで気持ちよかったからつい?初めての本物?だったから……?」
伊吹が羞恥心で自分が何を言っているか分からなくなっている。お前すげえこと言ってるぞ今。
しかし、なるほど、伊吹の発言の全てが繋がった。間違いなく、俺は勘違いしまくっていた。
「そうか…俺はずっと、あのディ「トモダチ!」に嫉妬してたんだな……」
緊張の糸がぱつんと音を立てて切れた。それに合わせて体からも力が抜け、伊吹の胸へ背中を預けた。俺の無駄に燃えた嫉妬心と独占欲が、無性に恥ずかしいものに変わる。さっき恋心を自覚したにしては、あまりにも重くて、自分で自分に引く。
「そーだよ、あんな気持ちいいの知っちゃったら、もう俺のトモダチじゃ気持ちよくなれねーよ」
つむじに伊吹のつんとした鼻が刺さって、もごもごと何やら話している。背後からそろりと甘えるように回された腕が俺を包み、手が目の前で組まれた。なんて柔らかで暖かく、嬉しい檻だろう。
「志摩のシマチャンでしかイけなくなっちゃったら、どーすんだよ……」
「いいじゃん、別に」
「え?」
「これからずっと、俺だけにしとけば」
ここまで言っておいて、言わせておいて、伊吹の瞳にはまだ怯えの色が見えた。
「……いみわかってる?」
「わかってまーす」
上体をさらに倒して伊吹の方に後頭部を預け、下から覗き込んだ。温まってピンク色の頬がすこし膨れている。抱きかかえられてあまり格好のつかない体勢なのは、ご愛嬌だ。それでも目を合わせて心から言葉にする。
「俺を伊吹だけのカレシにして?」
「いーよ、志摩だけにする!」
ぎゅうと力を込めて抱きしめられる。首筋に擦り寄る可愛い目尻に唇で触れて、髪をまぜた。
あーしあわせだ……
「もう逃さないかんな」
「ん、離さないで」
「ふふ、あいちゃんに任せなさいっ」
初めてキスをするように恭しくそっとキスをひとつして、必要以上に暖まった俺たちはのぼせそうだねと言いながら湯船から出て、残りのお湯の少なさに二人で笑った。
じゃれながら髪と体を洗って、風呂場で盛り上がってもう一回した。
俺は生涯犬派、と語るだろう。