一緒にベッドに入る。背の高い伊吹に、寝相があまり良くない俺に、合わせて買ったベッドは広くてふかふかだ。寝室の入り口から見て奥側が俺の定位置で、寝汚い俺を起こさないようにそっとベッドから降りられるドア側が伊吹の定位置だ。日勤を終えて夕飯を食べて、明日に備えてもう寝ようと準備して、のそのそとベッドと布団の隙間に収まる。ふかふかの枕に頭を預けて深呼吸をした。続いて寝姿勢を整える伊吹がもそもそ動く振動を感じながらまどろむ。すぐそばに、伊吹の温かい体温の気配を感じる。そうして落ち着いた頃、視線を伊吹の方へ向けると、伊吹の後頭部が布団から少し出ているのを見る。
「ふあ〜ぁ、おやすみ〜」
「……おやすみ……」
え……?伊吹、背中向けてる……いっつもくっついて寝るのに……
大体眠りに就くときは緩く抱きしめ合ってたり、肩に擦り寄っていたり、どこかをくっつけて寝るのが習慣になっていたはずだ。その伊吹の体温に安心して、目を閉じていれば自然を眠りに落ちるようになった。もちろん寝ている間に寝返りを打って離れることもあるが、こんな最初からはっきりと背中を向けられたのは、共に寝るようになって初めてだった……ショックが駆け巡って瞬間的に目が冴えてしまう。え、なんで……?さらりと流れる伊吹の黒髪をじっと見つめてしまう。「なんてね〜うっそ〜」と言ってこっちを向け、と謎の念を送るも、おやすみと言ってそっぽを向いたまま、規則正しく寝息を立て始めている。日勤で珍しく定時退勤だったから、セックスはしないにしてもイチャイチャくらいはするんだと思っていた分、余計に不安が襲う。連勤ど真ん中を無事終えての今日は、完全に伊吹とイチャイチャチャンスだったのに。もしかして体調が良くないのか?いや、体調悪い人間がカツを卵でとじたやつを夕飯に作らないだろう。ましてや「俺今日はどーしてもこれが食いたかった!」なんて言わないはずだ。では、俺は何か伊吹の機嫌を損ねる行動をしてしまったのだろうか?いや、勤務中も食事中もいたって普通だったはずだ。もしかして、帰り道に会った近所のやたら俺にだけ懐いている犬に構い過ぎたから?真っ白でふわふわの中型犬は人懐っこくて、何故か俺を覚えてくれて夕方散歩どき、すれ違うと駆け寄ってきてくれるのだ。
「ねえ志摩知ってた?」
「なに」
「あの真っ白わんこ、デカポメなんだって」
「デカポメ?」
「そ、先祖返りするとたまにデッカくなんだって」
「へぇ〜毛の長い白い柴犬かと思ってた」
「志摩ってあのサイズのわんこ全部柴だと思ってない?俺はスピッツなのかな〜って思ってた」
「スピッツ?空も飛べるはず?」
「え?デカポメが?」
「いやポメラニアンは飛ばないだろどんな先祖だよ」
なんて話していたから、メルちゃんから俺が熱烈なキスを受けていることは許してくれているんだと思っていた。最初は自分には見向きもせず俺に駆け寄ってくることに悲しんでいた。真っ白でデカいから怖がられてるんじゃないか、と指摘して白以外の服を着て何度かすれ違うも、一目散で俺のところへくるメルちゃん。「しまっ!わんこにまでイケメンオーラ出さないでっ!」と怒りながら全身にマーキング(意訳)する伊吹、可愛かったな……嫉妬深い素振りで甘えてくる伊吹が可愛いこと可愛いこと……いや違う、俺の伊吹可愛いコレクションは今いいんだ。ここ最近は伊吹にも鼻先で挨拶してくれるようになったメルちゃんに、伊吹もご機嫌だったはずだ。なんでだ、どうしてくっついてこないんだ伊吹、もしかしてもっと前から?俺きらわ……いや、それはない。じゃあなんで……?
天井を凝視したまま思考を巡らせていると、伊吹の肩がぴくりと動き始めた。何故かその動きに動揺して、咄嗟に目を閉じて寝たふりをする。なるべく振動を起こさないようにのそりと動き、こちら側に体を向ける気配を感じた。
「しま、寝た……?」
小さい声で伊吹が言う。お前のことを考えてて寝れなかったと正直に目を開ければいいものを、一度寝たふりをしてしまった手前動けなくなってしまった。俺の反応をじっとしながら確かめている、そんな視線を感じる。しばらくして、俺が寝ていると判定したらしい伊吹が、またもぞもぞと布団の中で動き近づいてきた。左肩に、多分伊吹のでこが当たる。なんだ、くっついてくるんじゃないか、目を瞑りながらほっと一安心する。耳のすぐそばで伊吹が深呼吸する音がする。すぅ、はぁ……何度か繰り返している。これ、匂い嗅がれてるか?おそらく『しますい』だ……そっと袖を掴まれて左腕が抱き込まれた。さりさりと伊吹の前髪が擦れる音がする。起きてる時にくっつくのが恥ずかしかったのか?にやけそうなのを我慢しながら、狸寝入りを続ける。すると、するりと手のひらを握られた。熱い。握ってくる伊吹の手のひらが明らかに熱い。その熱さには身に覚えがあって、自然と釣られて鼓動が早まる。耳をそば立ててみると、伊吹の呼吸が早まってはぁ、と熱い吐息をこぼしていた。肩に寄せられていたでこが、さらに首筋に近づき吐息がかかる。その熱さでゾクリとほのかな快感が走った。
「は、んぅ……っ」
伊吹が耳元で、微かだけどはっきりと色っぽい声を上げる。思わず熱い手を握り返していた。ぎくりと伊吹の頭が揺れて、肩から離れていく。熱源が遠退いたことで、首筋がすごく寂しく感じた。
「ッ起きた?ごめん……」
「いや、ウトウトしてただけだから……」
「そか、ごめんごめん」
いつも通りを装った口調だが、動揺しているのか少し声が上擦っていた。弾かれるように寝返りを打ってベッドの端へ逃げようとする伊吹の手を、そのまま少し力を入れて握り続ける。
「謝んなくていい……なんで今日、くっついてこないの」
「ゔ……」
「いつもならギュッとしながら寝るだろ」
「う……ん、そうなんだけど、ちょっと」
「ちょっと?」
「今日はちょっと……」
「うん?」
何とか言い逃れようと言葉を濁すが、それで逃す俺ではない。伊吹は俺が聞きに徹しているとき、もういい!と啖呵を切ることが出来なくなる。あの日から俺たちが学んだことは、心からの報連相、だった。観念した伊吹は、また寝返りを打ってこちらを向いた。繋いだままの手を口元にやって、恥ずかしそうにぽそぽそ話し出す。
「しまにくっついてたら、シたくなっちゃいそうで……」
暗闇に慣れてきた目で、伊吹の瞳がうるりと輝くのを見つめる。困り眉で、上目遣い。
「ガマンできなくて、志摩の匂い嗅いじゃった……」
伊吹が恥ずかしさを隠すように、前髪を振って目元を隠した。あんなに熱く感じていたはずの伊吹の手のひらが、すっかり体温が馴染んで吸い付くように感じる。……あまりの可愛さに言葉を失う俺に居心地の悪さを感じた伊吹がさらに言葉をつなげた。
「ほら、連勤中だし、明日は当番だし?志摩ちゃんお疲れだろ?だから今日は爆睡してやろーって思っ……て……」
右手を伸ばして伊吹のそっと左頬に触れた。みよん、ほっぺを摘んで引っ張った。
「……あにひゅんあお」
「……いや、ごめん、キュートアグレッションだ」
「なに?きゅ……?」
きゅ、の口のままハテナを浮かべている隙に、唇に吸い付いた。キスをする合間でどさくさに紛れながら、俺も伊吹とくっつきたかったよと言った。分かってるのか分かってないのか、伊吹はくふんと鼻を鳴らして満足気に微笑んだ。背中を掴まれて、伊吹に覆いかぶさるように転がされる。伊吹の頭を囲うように肘をついて、より深く口付けた。熱がこもる掛け布団を伊吹の脚が行儀悪く蹴って退かす。脚を絡ませ、腰をぴったりとくっつけたまま、服の上から伊吹の身体を弄った。なんだ、こんなに簡単なら、初めから素直になっているんだった。