「あんっあぁ……!もっと……」
女性の霰も無い嬌声が目の前で響く。ベッドがぎしぎしと揺れるたび、女優のたわわなそれも波打っている。懸命に腰を振る男優の背中に、汗が伝っているのを視界の端で捉えた。低い唸り声と共により一層力強く打ちつけられた肉と肉が、派手な音を立てる。抉るように押しつけられた腰を勢いよく引くと、盛大に鯨の潮吹きのように液体が舞った。淡く差し込む日差しを受けて輝いた。残るは男女の荒く熱っぽい呼吸音だけだ。
「カーット!」
俺の声が空間を裂くように響く。何故、俺は今、ここにいるんだ。
◇
遡ること、十一年前。
高校生の頃観た映画に惚れ込んで、映画監督になることを夢みる就活生の俺は、映画制作会社の内定をもらうことに躍起になっていた。できるだけ、大規模過ぎず小規模過ぎず、映像作品に重きを置いている制作会社を選り好んでいた。大規模過ぎれば制作の末端で留まってしまうだろうし、小規模過ぎれば営業に回されるかもしれないと思ったからだ。
大学では映画研究会に所属し、自分を売り込むための自主作成映画を撮ることに大学生活の大半を注ぎ込んだ。熱意もある、映画制作を実際にしたこともある、人材として有望であることのアピールが他の学生よりも上手かったらしい俺の就職活動は、実に充実していた。狭き門と言われた大手にも実質内定を貰ったし、とりあえずで受けた会社にもぜひうちに!と内定をいくつか貰えていた。
今思えば、それが俺の自尊心を膨張させ、天狗になっていたのだろう。
何が「大規模過ぎず小規模過ぎず」だ。大手であれば、それだけの歴史があるということだ。その中で自分のやりたいことの専門性を極められたであろうし、まだ発展途上なのであれば、世に知らしめるためにはとハングリー精神を持っていられたであろう。しかしどうだろう、当時の俺が目論む通り「ちょうど良い」規模かつ給料面も悪くない、すぐにでも助監督、いや監督を!と俺を買う制作会社に就職を決めた。
そんな生意気なことを宣う俺を待ち受けていたのは「アダルトコンテンツを主力作品とする!」と宣言する社長だった。
はあ?何言ってんだ、頭沸いてんのかエロ親父。当たり前に抗議に乗りでた。俺たちが入社すると同時に社長が変わり方針転換をするタイミングだったらしい。たかが新卒の学生の抗議に恐れ慄く上司、この人もある意味被害者の一人だった。このままでは求人が集まらないと隠し通していたらしい、がしかし、方針転換をするなんて微塵も聞いていないでエントリーシートを提出したのだから、詐欺まがいの求人だろう。辞退を申し出ようとした訳だが、とにかく早く自分で映画を撮りたかった俺を見透かした上司は、「映画監督になる上で学べる技法、表現を学ぶのにAVは良い! 作成のペースも早いから、君に監督を任せるのも時間の問題だ! 経験を積んでから辞めたってこの業界は遅くないだろう?」そう言った。確かに、とにかく実践的な経験と実績をいち早く積みたかった俺は、言いくるめられるその言葉に、確かに魅力を感じていた。自分の肩をガッシリと掴んで力説するこの人が、様々な作品に関わり成功させてきたやり手なのは知っていた。映画作成会社としての実績は確かなものがあり、内容はともかく、ここで実績を積んでいけば転職に有利ではあるだろう。思わず、そんな未来図を瞬時に描いてしまった。
そんなこんなで下積みを続けるが、早々にリタイアする同期たち、そりゃそうだ。自分に降りかかる仕事量がみるみる増えていく。転職活動は続けながら……なんてのはすぐに吹っ飛んだ。目の前のタスクをこなすことで手一杯だった。スタイルの良い女優が妖艶に乱れている映像が、ただの肌色のコラージュにしか見えなくなる。その肌色を滑らかにしたり、映像を繋ぎ合わせたり。目の下に消えない隈を作った先輩が「志摩くん千手観音モードだね」と、エナドリを啜りながら言った。俺が千手ならあんたは万手になってくれないと困る。そう思いながら無視した。もうこうなると俺の目標は至ってシンプルなものになっていく。
自分の映画を撮る、それだけだった。
そんな日々を二年ほど続けて、ついに「キミ監督志望だよね? 企画からやってみるか」と声が掛かった。やっと、やっと俺の映画が撮れる!好きにやってみろ、そう言われた俺は、この会社を普通の映画制作会社に戻してやると躍起になった。技術も機材も人材も揃っている、アダルトを捨てろとはもう言わない、この環境で俺は普通の邦画を撮りたい。忘れかけていた熱意が腹の底から湧き出るのを感じ、突き動かされるまま奔走した。脚本まで手がけて、ロケ地やカットもこだわって、キャストは上からの指示で決まったが、男女の出会いを丁寧に描いた一本になった。が、不発。そこそこ売れ出している女優じゃなかったら、もっと悲惨なことになっていただろう。当たり前だ、このレーベルを好む視聴者は抜きどころを探しているのであって、男と女がどう出会うかなんかどうでも良い訳だ。出会って十秒で即挿入!なんて煽りがついた作品が定番化するんだから、当たり前だ。上司たちは俺は好きだよ?なんて慰めの言葉を言ってくる。
毛色の違う俺の監督処女作を何故か気に入った社長は、俺を監督から降ろすことはなく「キミなかなか面白いじゃない、もっと好きにやんなよ」と肩を叩きながら言った。ハッキリ言って、ムカついた。俺が青春を捧げたやりたいことは、この社長の娯楽でしかないのか、身の丈に合わないデカいだけのプライドだと、バカにされている気になった。
自暴自棄になった俺は、じゃあ最後に大損害出して辞めてやるよ、俺から権限を奪わなかったことを後悔させてやる、最高の娯楽になってやろうじゃないか、そう思った。無駄に高い映像技術をふんだん(予算オーバー)に駆使して、女性の裸体を接写で撮りまくった。本番中の女優の耳の穴とか、臍とか、膝裏とか、足の指の間とか。先輩たちは俺の頭がおかしくなったと憐み、触らぬ神に祟りなしという雰囲気で、誰も俺を止めようとはしない。誰がどこで抜くんだよ(笑)という一本になった。
それが、大ヒット。アダルトビデオ業界初の売上を叩き出してしまった。肩身を狭くしていた変態たちの心を掴んでしまったらしい。いやなんでだよ、頭おかしいのか。自分の目に狂いはなかったと大喜びの社長、驚くほどのインセンティブが付いた。シリーズ化も決まり、出すたびにダウンロード版パッケージ版共に飛ぶように売れるらしい。おかげで給料も爆上げ。
気づけば後輩も増え「AV業界新進気鋭の監督って、志摩さんですよね!」とキラキラした目で見られている。そんな悪口、誰が広めているんだ?やめてくれ。そうして、突きつけようと用意していた辞表がただのメモ紙になって、月日が流れに流れ今に至り冒頭に戻る訳だ。
接写シリーズを監修という立場に変わりながら他の作品にも広く携わって、稼いだ金を使う暇もなく、ただ辞め時を待ち構える日々。社長から碌でもない提案が降りてくる。
「志摩くんさぁ、あのシリーズ、ゲイ向けの作ってくれない?」
「……はい?」
「ゲイの人からの熱望がすごいんだよねぇ、メール、見る?」
「いえ、結構です……」
「ということだから、よろしく」
その日は、どうしてこんな目に遭うんだと、やけ酒をした。男を主演に据えるのであれば、俺が今でもずっと憧れ、この業界を目指すこととなったきっかけ、あの人を撮りたかったんだ。四年くらい前では、エンドロールの初めでなくとも名前が載ることもままあったが、久しく表舞台に出ていない。関係者の人伝に聞いたが、今は事務所の新人の演技指導など、裏方に回ることが殆どらしい。それでも、小さな所属事務所の一覧に、名前がまだあるのを確認することが俺の心の支えとなっていた。十数年更新されない宣材写真。今はどんな姿をして、何をしているんだろう、そう思いを馳せるのが唯一の癒しだった。こう思うと俺の方がずいぶん変態くさいな、いつまでもたったひとりの男に執着している。自虐的に酒を呷り続けた。でも、俺が必ず、この舞台に引き摺り出す。そう熱意を燃やした記憶はあるが、この日はどうやって家に帰ったか覚えていない。
ついに件の男優との顔合わせの日になった。社長たちと相手方で主演が決まっていたらしく、現実逃避的に仕事をこなしていたこともあり、企画書もよく読めていなかった。前の打ち合わせが押してしまい、駆け足の勢いをそのままに会議室に滑り込んだ。
「お待たせして申し訳ございません、よろしくお願いします、志摩、で……」
「あっ志摩ちゃん! 伊吹藍です、AV初めてなんで、いろいろ教えてください」
呆然とする俺の手をとって握手をされる。ホイホイとテンポ良く、手が組み替えられる。
……憧れの伊吹藍が、目の前に?口が戦慄いて声が出ない。いま、伊吹藍が、俺の名前呼んだか?志摩、ちゃん?
何度も焼き付けたあの繊細な雰囲気から、身軽さはそのままに体の線に沿ってなだらかな筋肉を纏った「良い男」が目の前に居る。洋服にこだわりがあるのか、足元まで白で統一されたファッションがその長身を存在感として引き立てている。笑って細められた目を持ち上げるようにふっくらしている涙袋が人懐っこそうな印象を与える。覗く瞳が光を受けると紅茶のような温かみのある色で光ることは、今日初めて知った。見惚れて呆然としていると、進行役が「えー、それでは……」と発する。制作スタッフの自己紹介から始まり、様々なスケジュールの確認が行われる。人の声がラジオのように流れるばかりで、内容が頭に入ってこない。対面に座る伊吹藍は、両肘をついてつまらなさそうに体をゆらゆらと前後に揺らし書類を覗き込んでいる。惚け見つめる俺の視線に気づいたのか、小首を傾げ前髪をさらりと揺らし、その隙間から視線が交わる。
(み、す、ぎ)
そう言うように唇が動き、少し尖った犬歯が眩しいくらいに顔を覗かせ、微笑まれた。ギュゥゥゥ……心臓が変な音をあげている。あっちょっと涙出てきた。
いつのまにか顔合わせが終わって、同僚に肩を叩かれるまでその場を動けずにいた。
「なんで、あなたが、ここにいるんだ」そう問いただすことは叶わなかった。
◇
何度も夢であってくれと願ったが、撮影当日が訪れた。悲しき雇われ監督に拒否権はない。
白いリネンととホワイトアッシュの木目で統一された室内で、窓辺に置かれたダブルサイズのベッドに柔らかな自然光が差し込むセットを用意した。ゲイ向けの作品は黒い背景にベッドも黒い合皮のベンチと、必要最小限の照明に絞られた作品が多い。そんなゲイビデオと常軌を逸したいと思ったからだ。それに、彼には白が似合う。彼の肌色と白いリネンが、暖かな陽射しを受け、境界が曖昧になる瞬間を残したいと思った。
「伊吹藍さん、入ります!」
スタッフの声で思考が現実に戻される。スタジオの入り口に視線が集まった。
「よろしくお願いしまーす」
白いバスローブ姿の伊吹が入ってくる。するりと脱いでアシスタントに渡した。薄手の白いワイシャツに、グレーのボクサーパンツ。無防備で飾り気のない装いの分、伊吹自身の素材の良さが引き立っている。特にスラリと伸びる真っ直ぐな脚に一同の視線が奪われ、その場にいる全員が息を呑むのがわかった。同様に見惚れると言うよりは、俺が一番に見つけたのに、勝手に見るなという気持ちが湧き上がる。
素足がペタペタとフローリングを鳴らしている。そのままベッドに寝転び、レースカーテンから差し込む陽射しの中で微睡むシーンから。背中に枕を挟み、うたた寝している。薄いブランケットを纏い、はだける生脚、伊吹の爪先から舐めるようにゆっくりとパンしていく。静かな寝顔、つんとした鼻先と小さな小鼻から零れる寝息と共に僅かに揺れる睫毛までを捉えた。相手役の男優の手が滑らかな脛から、太ももの付け根まで撫で上げられていく。いたずらで起こされた、そんなシチュエーションだ。シーツが擦れる衣擦れの音と、伊吹のむずがる息遣いだけが響く。腰骨を指先で押すように触れた時に、鼻に抜ける甘い声が漏れた。そこから纏う空気に湿度が混じっていく。
「ふ、ぅんっ……」
男の手がそのまま体を這ってシャツを捲りあげ、均整の取れた腹筋が現れる。そのかたちを辿る指先からの摩擦でひくり、震えるのが扇状的だ。くしゃくしゃになって纏まったワイシャツのボタンを外そうと男の手が伸びると、そっと伊吹の手が添えられ制止させた。見上げると伊吹が目を覚ましている。
「……こーら」
まだ眠たそうに微睡む目元が優しく弧を描き、覗き込むような上目遣いで諌めている。微塵も怒りを感じない代わりに、挑発的な口元に視線を奪われた。ボタンに掛かる手をそっとどけて自分でゆったりとボタンを外していく。現れる鎖骨、胸筋の谷間、シャツが肩から落とされると、ピンクベージュの乳首がつんと主張した。指先を滑らすように胸の谷間から乳輪をなぞって焦らす。その刺激に僅かに肩を揺らし、前髪がさらりと揺れた。前髪の隙間からすっかり熱を帯びた伊吹の瞳が、こちらを射抜いてくる。充血してさらに桃色を濃くする蕾をそのままに、変わらず乳輪を撫で続ける。伊吹の胸がもどかしさに胸がぐっと沿っていく。人差し指と親指で両方の乳首をつまむように摩ると、待ちに待った快感に善がり声が零れた。
「はうぅ……ンンっ……」
優しく捏ねるように指先で小さな飾りを繰り返し刺激すると、伊吹の目尻にだんだんと赤が差していく。乳首からゾクゾクと痺れるように震える姿が艶かしい。感じ入る表情に視線を動かすと、紅茶色の瞳は熱を帯びて潤み、悩ましげに寄せられる眉毛と眉間に加虐心が煽られる。表情を食うように見るその視線にやっと気づき、頬を染めた伊吹がぷい、と顔を背けた。その表情は先ほどを打って変わってあどけない。拗ねるように唇を尖らせている。すると、あやすように男が首筋、胸元へとキスを落とした。
「ん、あ……」
再びとろりと目元が蕩けだし、体が脱力していく。肉体美を堪能するように胸元から鼠蹊部まで、指先が撫ぜ視線が誘導される。伊吹の下着にカメラがズームしていく。グレーのボクサーパンツの一部が色濃く変わって、伊吹の先走りが染みている。伊吹の感度の良さが伺えて、思わず喉が鳴りそうになる。下着の上から陰茎の形を強調するように、男の手が撫でさすっていく。
「ハッ、はぁ……あっ……!」
直接的な刺激に伊吹の感じ入る声がより大きく艶が増す。染みの範囲が大きくなっているように見える。悩ましげに擦り寄せられる健康的な太ももがほんのり色づき、悶えるように筋が震えていた。カメラ、そしてその場に居合わせる全員が、モニターに釘付けになる中、ハッとして視線をそのまま伊吹に向ける。無意識のうちに相手役である男優と自分を重ねていたことに気付いたからだ。ずっと憧れ続けている、伊吹藍本人が、目の前で善がっている。脳裏に焼き付けたいような、全てをぶち壊してしまいたいような破壊衝動に駆られそうになっていた。その時、カチリと歯車が噛み合うようにふと伊吹と目が合ってしまう。
(し、ま)
……伊吹の唇が、そう動いた。カメラが下着に隠された伊吹の局部に夢中になっているのをいいことに、伊吹が視線を合わせ俺を射抜いたまま感じている。伊吹がさらに感じ入るのが先か、男の手が速まるのが先か。行為に熱が込められていく。ドッドッと濁流が押し寄せるように心臓が鼓動を打ち、伊吹へ送る視線に自ずと熱がこもった。それに気付いたのか伊吹はへら、と笑い返してきた。都合のいいフィルターが、その笑みが嬉しそうに見せてくる。知らずと奥歯を噛み締めた。
「はっあ、ん……あぁっ」
見つめ合ったまま、伊吹が快感に震えている。
伊吹は今、俺とセックスをしている。
そう感じて、背中に汗が伝った。
「はあっ、あっ! も、だめぇ……っ!」
快楽に責め立てられ堪えるように伊吹の腕が男の肩にまわる。近づいた二人の顔、男の唇が伊吹の唇を奪おうとしている。
「……カーット!」
気付いたら、そう叫んでいた。人生で一番腹から声出したと思う。
静まり返り、そしてざわつくスタッフ一同。戸惑う相手役を押し退けて伊吹が体を起こした。まだ熱を持て余した顔で、ぼんやりと、しかし確実に俺を見定めている。まだしっとりと熱い伊吹の手を取ってスタジオを後にしようとする。
「し、志摩さん! どこへ……?」
「……ちょっと伊吹さんと打ち合わせ、三十分休憩!」
「は、はい!」
戸惑う後輩アシスタントに心の中で謝った。スタジオを出て隣接されている伊吹の控室へ入り鍵を閉め、そのまま扉に伊吹を押しやった。気怠げにこちらを見つめ返すその唇は、挑発的に歪んでいる。腕に掛かるだけのワイシャツ姿が寒そうで、素早く肩に戻す。それでも寒そうで、よく回らない思考のまま、自分が来ているパーカーを伊吹の肩に掛け着せた。
「ん、お、ありがと、ッ」
伊吹の肩を掴んで強引にキスをした。脚の間に膝で割り入って腰を押し付け、より密着させる。伊吹が嬉しそうにキスを受け入れ、舌を絡め合う。首に回された腕がもっとと、より深いキスを強請ってくるのをそのままに、腰に腕を回して引き寄せた。薄い布の上から突き上げるように陰茎同士を擦り上げたまま夢中で舌を味わい、興奮で息が上がって苦しくなってきたところで勢いよく唇を離す。
「ン、ハァッ……しまぁ……」
「いぶきッ……アンタ、どういうつもりだ……」
お互い収まらぬ興奮を宥めようと荒い呼吸をしたまま、睨むように見つめ合う。
「……志摩が、相手の方がテンション上がるし、はぁ、俺、好きな子としか、エッチしたく、ないもん」
「……ッじゃあ、なんでこんな企画、引き受けたんだよ!」
「志摩が、っあぅ、言ったんじゃん」
「、はあ?」
「伊吹藍の、本当の美しさを閉じ込めたい、俺が……って」
「な、んで、それを……」
「〜〜〜もおいい? ガマンできない……っ」
「んむ、」
吸い付くように唇同士が合わさる。お互いの息を食い尽くそうとする勢いでむしゃぶりついた。もっと聞かなきゃいけないことがあるはずなのに、思考が霧散して、目の前の伊吹の燃えるような体温に夢中になっていく。伊吹のボクサーに右手を滑り込ませ、もうぐっしょり濡れている陰茎をシゴいた。もう絶頂寸前なのか伊吹の唇に力が無くなって零れるように嬌声がでている。汗ばむ首筋を唇で辿り、少し首を屈めると目の前にある伊吹の乳首を舌先で転がす。きゃう、だか、きゃん、だか、子犬のような声をあげて悦んでいる。
「あぁっきもち……ハ、いっしょ、だめ……イく、イ……!」
腰をかくかく痙攣させながら、伊吹が手のひらに果てた。何度か震えた後、俺の胸にしだれかかるように倒れてくる。しっかり抱き込んで、まだ赤い耳にキスを落とした。脱力した伊吹と共に、よたよたとソファーに腰掛ける。呼吸が落ち着いてきたらしい伊吹が膝に股がり、ファスナーをグッと押し上げ続けるソレを撫でた。
「これ、どうしよっか」
「……」
「あと、二十分あんな」
「…………お願いします」
「がってんしょーちのすけ……♡」
◇
きっちり三十分後、現場に戻った俺たちは、ハッキリ言って唯成らぬ雰囲気を纏っていただろう。監督と主演男優が手を繋いで戻ってきたら嫌でも何かを察してしまうはずだ。俺は「今回はバラシ!」と高らかに宣言してその場を後にした。
社長に、今回のゲイ向け新シリーズは無かったことに。違約金でも何でも払うし、撮りかけの映像は言い値で買い取る。あとついでに退職します。自己都合退職でも懲戒解雇でも結構です。社長は「志摩くんも巣立ちのとき、か……」と物知り顔で言い、握手を求めてきた。とんでもない金額を請求されるかと構えたが、各方面に支払うための形だけの違約金と、ほぼ押し付けたと入っても過言ではない映像買取料を納めた。貯金と、それを元手に軽い気持ちで手を出した仮想通貨が高騰して使い道のない金がここで役に立つとは……伊吹を求め遠回りした結果を伊吹のために使える。妙な高揚感を覚えた。「映画は最大の娯楽だからね!」と退職しゆく俺の肩を叩いた社長は、辞退しようとしたにもかかわらず退職金を満額出すと譲らなかった。その奇行を止める社員はいなかった。俺はこの会社で稼いだ金で、自分の映画スタジオを立ち上げる。自分の映画を撮るために。
もちろん、エンドロールの始まりは、伊吹藍だ。
◇
「ったくもお〜お兄さん……じゃなくて、志摩さん、志摩ちゃん? ちゃんと歩いてよォ」
「うっく……いぶき、あい……」
「はいはーい、藍ちゃんです初めまして〜! ホントに家こっちであってんの?」
「はじめ、ましてじゃ、ない!!」
「声デッカ、そうだったねメンゴ〜、てかさぁ何十年も前の映画を……ありがとね」
「俺が……」
「んえ?」
「伊吹藍の、本当の美しさを……閉じ込めたい、俺が」
「……」
「俺だけのものに」
酒で赤らむ目が、必死に訴えてくる。それに応えたいと心から思った。
「……いーよ、俺の全部、志摩にあげる」