やっと家に帰れる。あの野郎、俺にばっか目をつけてきやがって。捜査会議の場であまりにも頓珍漢なことを言い始めたから、自分の探り当てた証拠と合わせて訂正してやったのに、それ以降、俺が捜査一課内で一番若いからなんだと難癖をつけて厄介ごとや雑用を押し付けてくる。男ばかりの職場で、上下関係が根強い組織だ。歴の浅い下っ端が雑用をこなすことに対しては別に異議はない。だが、あの態度はなんなんだ「最年少エースだかなんだか知らねぇが、年長者を敬え」と煩いヤツだった。敬いたいと思える年長者であることを怠っている人間に払う礼儀など俺にはない。そんな暇があるのであれば、ホシにつながるネタのひとつやふたつを上げてきた方が有益なのは、誰から見ても明白だ。余りにも癒しがなさすぎる生活に辟易している。家に帰るのも……三日ぶりだ。疲れすぎて頭は回らないわ、体は重いわ、もう早く横になりたかった。体は重いが、胃の中は空っぽなはずだった。朝とも昼とも言えない時間に押し込んだおにぎり2つか3つ以降何も食べてない。腹減った……でもとにかく早く寝たかった。ニコチンでも吸っておけばこの空腹は収まるだろうということにして、家路を急いだ。
家の鍵を開け、扉を開ける。するとリビングへ続くドアから光が漏れていた。嘘だろ、三日間電気つけっぱなしだったのか俺。最悪だ、電気代の無駄だ、自分への怒りを通り越して悲しくなってきた。寝るときはちゃんと消して寝る、電気消して寝る……と、心の中で唱えた。
ガチャリ、扉が開く。え、なんで?
「誰だ! ……え」
「は?」
こちらを警戒した様子でドアを開けた人物に、あまりにも見覚えがあった。体格、声、そしてやっかいそうな癖毛、どうみても、自分自身だった。
「……俺?!」
俺と思わしき人物と完全に声がユニゾンした。
疲れすぎて幻覚を見ているのだろうか、あのハゲのせいだ。次妙な厄介事を持ってきやがったら容赦なく突き返してやろう、そう現実逃避気味に決意した。
「なに?! 志摩! どーした?!」
後ろからもう一人別の男が出てきた。俺……俺ら?よりも長身を持つ人物だった。ほんとになんなの?その男が俺ともう一人の俺の肩を後ろから両手で掴んで、交互に顔を見ている。そちらの俺のことは知っているのだろうが、俺は長身の男のことは知らなかった。誰なんだ、夢ならせめてベッドに入った後に見たかった。
「志摩が……志摩が二人になっちゃった〰〰?!」
ミスター・パラレルワールド
まあまあとりあえず、落ち着こうぜ〜と妙に呑気な長身の男に誘導されるまま、ダイニングテーブルに腰掛けた。いつの間にか四名掛けになっているダイニングテーブルの向こう側にもう一人の俺とその男、伊吹と名乗った、二人が座る。何やら食欲をそそる食事の香りが残っていて、時間帯的にも夕食を終えた頃なのだろう。取り敢えずお茶飲む?と伊吹がすぐに席を立つ。向かいに座った俺が俺のことを見定めているのか凝視してくる。その視線で居心地が悪く、目を逸らすついでに部屋の中を見渡した。間取りや大まかな家具の配置は変わっていないが、細々したものが増えている。俺という人間の家であれば、あまり物を置きたがらないはずだ。同居人またはそれ相当の人物が生活している気配をありありと感じた。伊吹がこの家に滞在している時間帯的に、そして新たに配置されている家具の雰囲気から察するに、伊吹という人間が同居人なのだろう。どうぞと出してくれた冷たい麦茶をありがたく受け取る。一応、二人が先に口をつけるのを目視してから、置かれたグラスを少し回してから自分も習って口をつけた。警戒するに越したことはないと思ったからだ。おそらくもう一人の俺は、俺がそういう動作をするだろうと勘付いたのか、自分が先に口をつけます、と見せつけるように麦茶を飲んでいた。
「伊吹、やっぱコイツ俺だ」
「マジかよ! すっげ〰! 志摩増量キャンペーンじゃん!」
「いわゆる、パラレルワールドってヤツだな、信じられないが、昔にそういう小説を読んだ」
そういえば、最近暇つぶしに話題だというパラレルワールドが題材のSF小説を読んだことを思い出した。そっちの俺も昔に読んだと言っているし、並行世界とは言え同一人物の記憶として大体がリンクしているのだろう、と疲れて浮わついた思考でぼんやり思った。まあ、それか……疲れて変な夢を見ているんだな……あまりにも目の前の俺が俺すぎる。
「えなに? パラパラ? ワールド?」
「なんでだよ、一人で踊ってろパラパラ、だからカツにジェネギャって言われるんだよ」
「志摩もおんなじジェネレーションだろ!」
「俺はそういう話題を振ってカツに気まずい思いさせないようにしてんの」
「ええ〜? カツは伊吹さんは先輩すぎない感じですっごい話しやすいですって言ってくれるよ?」
「それを褒め言葉と素直に受け取れるお前が俺は羨ましいよ」
「ん? それ褒めてる? 貶してる?」
「褒めてる褒めてる」
「……あの! つまり、並行世界があって、何故か繋がってしまったとかいう、そういうことですよね」
二人して、忘れてた、という顔をしてこちらを見た。漫才だかなんだか知らないが、この状況で辞めていただきたい。もう一人の俺が言ったパラレルワールドという言葉を、今一度話題に乗せる。
「あー、そうだな、この世に並行世界があるとして、その世界と何らかの拍子に繋がってしまって、過去の俺が現在の俺たちの世界に迷い込んでしまった、みたいな感じかな」
つかなんなんだこいつら、そこそこ広さのあるダイニングテーブルなのに、椅子をくっ付けてほぼぴったりと座りやがって。伊吹さんはともかく、自分がデレデレしている顔というのは正直見ていて楽しいものではない。完全にデキている雰囲気を出すな。俺は疲れているんだ、疲れている人間の前でイチャイチャしてんじゃねーよ。未来の俺は男と付き合っているのか。別に偏見とかがあるわけではないが、今まで交際してきたのは女性だけだったから、どんな心境変化があったのだろうと純粋に思った。ということは、今付き合ってるあの子は?そうか、別れてんのか……そういえばまともにメッセージすら返してないことを思い出した。五日前くらいに次の休みを聞かれて、俺もわかんねーよ休みなんて(笑)と思ってスマホを放り出して結局返していない気がする。
「つか志摩さぁ、隈やばくね?」
「え? そうか?」「まあ、二徹なので……」
俺と俺の声が重なる。
「あーそうだよな〰、どっちも志摩なんだった」
今この家は俺たちの住居なので、と放り出されることはされないようだから、この問題が解決するまでのはそれぞれの俺を呼び分けたほうが伊吹さんが混乱しないだろう。自分で自分を呼び分けるためのあだ名を考えるのか?なんかすごく間抜けで嫌だ。志摩一号と二号とかでいいんじゃないか。
「なう志摩と、くま志摩?」
……伊吹さんもあだ名をつけるセンスは、まあ、そんな感じだ。
「……俺のことは一未でいいんじゃない?」
背筋が粟立つ。甘い声を出すな。口説く時の俺って、こんな感じなのか?横から顔を覗き込まれた伊吹さんが、上目遣いで見つめる俺(俺じゃない)からふいっと顔を逸らす。
「や、やだ! 恥ずい!」
「えー」
むう、口を尖らして拗ねる俺。おそらくテーブルの下で伊吹さんの手をニギニギしている。
イッラァ……かわいこぶってんじゃねぇ――よ俺。ニギニギしてんな、ただのエロオヤジと化している。さっきから伊吹さんを見る目が嫌らしいんだよ!同じ顔でやめろ、マジで。
「そーいちの志摩は、志摩ちゃん! エロオヤジの志摩は志摩! にする!」
「チッ……」
マジで隙あらばイチャつこうとしてんな俺。こいつ(志摩)、自分相手に牽制してんの?余裕無さすぎだろ。ああ、俺は一体どうしてこんな腑抜けに……
「志摩ちゃん」
「……はい」
「仕事終わりで腹減ってるだろ? 今日肉じゃがにして、いっぱい作ったから余ってるんだけど、食べる?」
部屋に残る胃を刺激する美味そうな香りの正体は、肉じゃがだったのか。諸々の衝撃で忘れていた空腹感が、再び舞い戻る。
「え、ああ、食わせてもらえるなら……」
「もちもちのろん〰!」
志摩に握られていた手をやんわり振り解き、パタパタとスリッパを鳴らしてキッチンへ向かう伊吹さん。その後ろ姿を少し悲しそうに見つめて追う志摩。ドン引く。
「米は……冷凍ご飯で勘弁な〰そこの食いしん坊が今日炊いたの全部食っちまったからさ〜」
「そりゃな、食うだろ、伊吹の肉じゃがなら」
ドヤ顔で返答している。
「んふは、だそうです」
なんとなくだが、志摩が伊吹さんに惚れ込むポイントが少しわかる気がした。一緒に生活するに当たって、男同士な分気楽なところは存分にあるだろうし、料理上手で家庭的なところがあるようだ。一人で暮らすよりも、伊吹さんという存在がいるほうが「帰ってきた」という安心感が増すような予測をした。
「まあまあ、ちょっと待っててな志摩ちゃん」
鼻歌混じりに食事の用意を進めてくれている。突然の来……客?に嫌な顔せず対応してくれる包容力もある。いいやつだな、伊吹さん。先ほど出してくれた麦茶をまた少し飲んだ。慣れた手つきでキッチンに立つ伊吹さんの様子に目を奪われていると、ジロジロと品定めするような視線を再び感じた。
「……なんだよ」
「今、何歳だ、30手前くらいか」
「ああ、そうだよ」
「……ふーん、じゃ香坂と組む前か」
最近聞いたばかりの名前が上がる。そう、春の人事異動で相棒が変わる、内示が出たばかりだった。自分の年齢だけで相棒が変わるタイミングだとわかると言うことは、俺と同じ記憶を持つ人間で間違いないのだろう。
「ホントに俺なんだな……どんなやつだった?」
「んー、まあ、いいやつだな、先輩風吹かすなよお前」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「すぐ会うんだからいいだろ、どうせ調べたんだろ?」
「まあ、調べられることは、前部署とかには」
ふ、と吐息で笑う志摩。俺の性格的に、取扱説明書のように香坂という人物の要点を話してくれそうなものだが、妙に勿体ぶってはぐらかされた。出し惜しみしたくなるような人物なのだろうか。
「なに、怖いんだけど」
「いや別に? 俺だなと思っただけ」
繋がってしまったパラレルワールドが、この後どのような影響を与えるかはまだ全くの謎だが、記憶がリンクする場面が多々ある。ということは、俺がこの後直面する事件の真相を知っていることになるのではないか、と閃いた。
「そっか、じゃあ事件の犯人とか知ってるんだよな、今追ってるのが……」
「言わない」
「は?」
「言わないぞ、お前の仕事だろうが」
「いやいや、こんな手頃な手段他にないんだから、早期解決できたほうが良いだろ」
「言わない」
「なんで」
「未来が変わったら困るから」
「……はい?」
志摩の目が一瞬、台所に立つ伊吹さんに移って、すぐに逸らされた。
「あいつに出会えなかったら、……俺が困る」
……ああ、俺を腑抜けにしたのはあの人なんだな……瞬時に理解できた。自分の目で見たことしか信じないような人間が、バタフライエフェクトのような非現実的なことですら裏切れなくなってしまう。なんとしても守りたい、大事な繋がりなのだろう。しかし不思議と嫌悪感は無く、むしろこの世界の未来の俺が少し羨ましいとまで、思えてしまった。
「……まあ、自分の足で頑張るよ」
「ぜひ、そうしてくれ」
「……」
「……」
「なになに〰2人して固まっちゃって〰」
木製のトレイに椀をいくつか乗せて伊吹さんがダイニングテーブルに戻ってくる。自分自身の絶妙な惚気?を言ってしまった人と、聞いてしまった人、ちなみに同一人物の。居心地の悪さを共有していた空間に救いのような明るい声が降る。
「汁物どうしよ〜って思ってうどん茹でてたらちょっと時間かかっちゃった」
俺の目の前に、出汁香る温かい湯気が昇り、食欲を刺激した。
「お待たせしました〰あいちゃん特製肉じゃが機捜うどん定食!」
「おおぉ……! うまそう、あったかい、メシ……!!」
食事らしい食事を目の前に、湯気が目に染みるようだ。出来立ての温かい食事を摂ったのが最後いつだったのかは、全く思い出せない。そして伊吹さんは俺の横の席に座り片膝をついてこちらを向いた。
「多分あれだろ、この頃からとりあえずカロリー摂っとけばおるおっけ〰♪論者だろ」
伊吹さんが眉間に皺を寄せ志摩を睨むように見つめ交互に見た。その視線に瞬時に背筋を伸ばして見せた。
「顔色悪すぎ! 一汁一菜! これ基本!」
「ハイッ、すみません」
点呼のように志摩が謝る。突然のテンポの良い受け応えに少し驚いた。隣の伊吹さんがずい、と顔をこちらに寄せて至近距離で睨まれる。
「志摩ちゃんは?! わかったの?!」
「え、は?」
「わかってない人には食べさせないよ!」
え、それは嫌だ。
「はい、すみません……?」
志摩に習って小さく会釈をしながらそう言うと、俺の返答に満足したのか伊吹さんは先ほどまでの柔かな表情に戻った。目尻を上機嫌な猫のように吊り上げニカリと笑った。
「はいよろしい、召し上がれ〰!」
「……いただきます」
許可が降りたらしいので、箸を持ちうどんの碗を手に取って汁を啜った。温かいつゆがカフェインとヤニで荒れた胃腸に染み渡るようだった。かまぼこと小ねぎが乗った鰹出汁を効かせたシンプルなかけうどんだからこそ、主菜の横にある嬉しさと言ったら他に例え難い。讃岐うどんではなく、稲庭うどんなのもメインの肉じゃがを邪魔しない存在感に思えた。大きめに切られているほくほくのじゃがいもはしっかり味が染みていて、これだけでおかずになりそうだ。乱切りのにんじん、大きめのくし切りの玉ねぎは野菜の甘みを感じるし、豚バラ肉でさらに米が進む。
「ふふ、やっぱ志摩だな」
隣で頬杖を突く伊吹さんが吐息で笑った。食事に夢中で自分が未来に迷い込んでしまったことを忘れていた。先ほどまではいくら警戒しても無駄では無い、気を抜くな。確かにそう思っていたのに。育ち盛りの高校生でもあるまいし、自分が急に恥ずかしくなって手を止めた。
「うめぇ〰って顔が、いっしょ、きゅる加減変わんねぇ」
上目遣いで嬉しそうに綻ぶ笑顔が、ほんのり色づく頬が感情を素直に伝えてくれている。不覚にも胸がきゅん、と小さく鳴いた気がした。
「かわいーね」
小さく体を揺らしたりしてすごく上機嫌そうだ。自分の食べっぷりが彼を喜ばせたなら、なによりだと思った。……かわいいのはアンタだろ。そう言い返したくなって恥ずかしさに目線を手元に泳がせた。
「あの……伊吹さんはおいくつですか」
「ん? 俺ぇ? 志摩とタメだよ」
「マジ?!」
「そっそー!」
「ええ、見えない!」
「俺にも失礼だな」
志摩が片眉を上げながらそう呟いた。もちろんそんなつもりで言った訳じゃない、我ながら捻くれた受け取り方をしている。
「いや、違くて、お若く見えますね、若々しいし、肌とか綺麗だし……」
少しでも誠実に伝わるようにと、体を向けて目を見て、思ったことをそのまま飾らず伝えた。俺の言葉を真っ直ぐ受け取ってくれたのか、嬉しそうに頬を染め体を左右に揺らしている。
「やだぁ〰〰俺口説かれてるぅ? 志摩ちゃんは、お世辞言えるんだなっ」
「お世辞じゃないですし、口説いてるかはその、」
「伊吹、違うぞ騙されるな、お前の言動が幼稚だって嫌味言ってるんだコイツは、性格悪いから」
志摩が腕を組んでテーブルに両肘をつき、ずいと体を伊吹さんに寄せて言った。さも自分が真実とでも言いたそうな表情と口振りだ。
「ちげえよ違います! たしかにちょっと言動は軽いですけど、伊吹さんに似合って可愛らしいという意味で……ッ、」
そこまで言ってしまって咄嗟に口を噤んだ。やばい、つい口が滑って可愛らしいとか言ってしまった。
「志摩ちゃん、今、可愛いって言った?!」
「い、言ってない」
「え? 言ったよね俺のこと、かわい〰♡って」
「……言ってない」
「言ったじゃん! 伊吹さんかわいい♡ マジラブ♡ って!」
「言ってねーよ!!」
ついカッとなって音をたて立ち上がって声も少し、荒げてしまった。立ち上がったまま固まる俺を見上げて、伊吹さんはにんまりと笑みを深くした。
「いーね、志摩っぽ〰い」
両人差し指で俺を差し、ウェーイと言った。いたずら大成功と言いたげな表情に体の力が抜けてゆく。
「敬語むず痒すぎるからさ、いらねーよ、普通にしゃべって!」
だって、志摩にはタメ口なのに俺には敬語で、俺だけ仲良しじゃないみたいなんだもん、なんかやだった!そう口を尖らせて言っているが、単に気を使うなということだろう。さりげない気遣いに甘えることにする。
「ああ、うん、ありがとう……」
可愛いとは言っていないが、それ相応の発言をしてしまったことによる気恥ずかしさが消えないままぼそりと呟いた。伊吹からは頬杖を突いて真横で微笑みながら見つめられているし、もう一人の自分には正面から茶を啜りながら静かに、でも確実に睨まれながら、黙々と食事を続けた。最初から最後まで箸が止まらず平らげてしまった。いやぁ、満腹だ……暖かい食事をしたことで血行が良くなり全身が温まっている気すらする。
「ご馳走様でした、本当に美味かった」
「ん! 良かった〰」
笑顔で俺の言葉を受け止めニカリと笑った直後に、眉毛を八の字にして困った顔でまたじぃっと見つめられる。いちいち、顔が近いな!心を許せばとことんパーソナルスペースを圧縮できる性格なのだろうが、同じ志摩でも俺はたった今初めましてしたばかりなんだぞ!そう言いたくなりながら体を少し仰け反らせて構えた。
「でも……やっぱ隈がかわいそう……」
この隈はもう、しばらくは消えないものだろう。自分の不摂生で悲しませるのが居た堪れなくなって、隈を揉むようにして隠した。
「でもちょっと、セクシーでかっこいい……♡」
セクシー?
「お疲れすぎて可哀想だから、あいちゃんセラピーだよ♡」
そう言って伊吹は少し上体を伸ばして、俺の頭を胸に抱えるように軽く抱きしめた。咄嗟のことに顔が熱くなり身を離そうとするが、満腹でいつもより注意力散漫、伊吹から香るどこか落ち着く香りと心地よい人肌の温度でそれ以上動けなくなった。伊吹の胸筋が優しく、しかししっかりと俺の眼前を覆い一度全ての思考が停止した。あったかい、やわい……血糖値が上がってぼんやりし始めた思考力のまま伊吹の腰に腕を回し、力を抜いた。……もう今日はここで寝てもいいか?いいよな。
「伊吹、違うぞ」
ぶっきらぼうな刺々しい声が俺の癒しを邪魔した。
「ハグにリラックス効果が発揮されるのは信頼している者同士または愛し合っている者同士がハグすることでオキシトシンが出るんだつまり伊吹が愛し伊吹を愛しているのは現在の俺であってそいつではない、よって幸せホルモンは出ない、だからさっさと離れて俺とハグをするべきだ」
間。
「……よく口回るよね?」
「……ね?」
志摩が捲し立てた言葉をまあるい目のままぽかんとして聞き、こてん、と小首を傾げて伊吹の胸元に顔を埋めたままの俺に問いかけた。それに倣って同じく小首を傾げてみる。
「志摩ちゃん、かわいい〰〰っ♡」
伊吹が喜んで、俺の頭をさらにぎゅぅっと抱きしめ頬擦りされた。そうされながら揺さぶられる視界の端で志摩を見ると、今度は露骨に顔を顰めている。未来の自分相手にこんなこと思いたくはなかったが、勝った、つい笑みが溢れてしまう。俺もこいつも、やっぱ俺である。性格が良くない。
「そりゃね? たしかに俺が愛してんのは今の志摩だよ? でもこっちも志摩なのは間違いない訳で」
伊吹が頬擦りしながら揺れていた身体を止めた。
「志摩なのであれば、愛さない理由が俺にはないのよ」
伊吹が俺、それから、志摩へ、ゆっくり視線を動かす。
「それくらい、BIGLOVEだから」
眩しい。目の前がチカチカ、スパークするようなほどの笑顔から溢れる白い歯が輝いた。
「俺から出る、オロナミンC〰! くたくた志摩ちゃんにお裾分けの、ぎゅ〜♡だよ!」
俺も今、こんな惚けた顔をしているのだろうか。鏡合わせのような顔が写している表情に少し呆れた。負けました、あんたらお似合いカップルだよ。いつの間にか俺の左膝に軽く腰掛けるように座った伊吹が、するりと頬を撫でた。導かれるまま目線を上に上げると、とろけるような、慈愛を浮かべた瞳とかち合う。そうして、桃色のそれがふわりと、自分のそれと重なった。
……え、今、キスを?
「あは、キス、しちゃった……」
見上げた瞳にじゅわ、と何かが宿った。首に回された両腕、背中に回され緩く肩甲骨を辿る手のひらが、熱い。自分の身体との温度差を直に感じ、ぞくりと背中から確かな快感が駆け上った。早く同じ体温まで熱を上げろと、煽られているようだった。薄く開く口元が俺を誘い、そのさらに奥の温度を知りたいと思った。キスの続きを催促するように、腰に緩く回していた手でさりげなさを装って腰骨を撫でる。ふと、志摩の反応が気になってちらりと横目で見るが、片眉を上げ試すようにこちらを見るだけだった。ただ、一時も伊吹から視線を外さないことが、明らかな感情の発露に思えた。伊吹は軽く身体をしならせながらクスリと小さく笑う。餌付けを待つ雛鳥のように、口を小さく開けちろりと舌を出してキスを待った。同じようにちろりと顔を見せるピンク色の舌先が触れた。……濡れていて、少しざらりとした質感が、ゆっくり這わさることでやけに鮮明に伝わってくるようだ。そのまま舌に吸い付かれて、伊吹の口内へと迎え入れられた。とっくに似た熱さの体温に迎え入れられ、味わうように甘噛みされる。優しく舌を噛まれるごとに、もっと欲しいと気持ちが昂っていく。気持ち良い。唾液がじゅわ、と溢れ絡む。頬を包んでいた伊吹の手が掴むように耳を覆いちゅう、じゅる、粘着質な湿った音とゴウゴウと自分の中で暴れ出した血液が走る音だけが脳まで響く。伊吹の甘い舌を味わっていたのに、ちゅぱっと音を立てて離れていく。
「ん゙〰……志摩ちゃんの舌、苦い……」
眉間に皺を寄せて、唾液で光る自分の唇をぺろりと舐めて見せた。
「志摩、こん時タバコ、まだ吸ってるんだ」
志摩が重い腰を上げてダイニングテーブルに突いた手をそのまま軸にしてゆったりとこちらに近づき、俺が座る椅子の後ろに立って伊吹の頬を取った。ふっくらと形のいい下唇が歪むほど、親指で口を拭う。片時も伊吹から離さなかった視線をようやくはずし、横目で俺を見た。
「ああ、まだ辞めてないな」
軽いリップ音を立て、目の前で伊吹にキスをした。
「完全に辞めたのは、伊吹にキスが不味いって言われたからだよ」
俺は内心、その発言に驚いていた。
今までの彼女に何度、健康のためやら将来のためやら、何かと理由を付けられタバコを辞めろと言われても、禁煙すらしたことがなかったからだ。少し不機嫌に、タバコは辞めない、そんなに嫌なら……と別れをチラつかせば、大抵の場合それ以上の追及から逃れてきていた。正直、ストレスフルな仕事で、タバコがない生活が考えられなかったし、死ぬまで変わらないだろうと思っている。いや、思っていた。しかし、目の前の男は、伊吹のためにタバコを辞めたと言い切った。たった一人の男のために、死ぬまで変わらないと思っていたことを変えた。どんだけ惚れ込んでいるんだ。にわかに信じられなくて、志摩の横顔を凝視した。俺からの視線の意味をおそらく理解しただろう志摩は、吐息だけで笑って、伊吹の顎をやや強引に掴み、さらに深く口付けた。
「ん〰……♡」
鼻に抜けた艶っぽい声が伊吹から漏れる。伺いを立てるようなキスから、唇が離れ目があった瞬間に舌が絡んだ。すぐそこで鳴る水音に釣られて一人でに喉が鳴った。キスがしやすいよう、体の向きを変えるために俺の左膝を跨ぐように座り直した。膝の上の触れ合っている腰がひくりと揺れることで、キスで感じ入る伊吹の振動が伝う。志摩の舌が伊吹を翻弄して、キスだけで蕩ける表情を見せている。気持ちよさそうだな……思わず羨望の目で志摩の横顔を見た。薄く伏せられていたはずの志摩と目があってしまう。お前はそこで見てろと言いたげに鼻で笑われた。ああ、はいはい、キスの反応全然違いますね、良かったですね。
「伊吹さん、俺も……」
伊吹が着ているパーカーの胸元を掴み軽く引く。視線がこちらに移ったことで、渾身の精一杯のカワイイ顔で見上げた。
「はぅっ……♡ お仕事頑張ってるいい子の志摩ちゃん……」
志摩に掛けられていた手が再びこちらに戻り、するりと頬を撫でられた。それが合図となって口を開いて舌を出した。伊吹は吸い付くみたいに舌の表面にちゅうちゅうとキスをした。ふっくらと滴りそうな赤みを増した唇がとても美味そうだった。そして舌同士を擦り合わせる度に、俺の肩を掴む手に不規則に力がこもった。快感を煽りながら自身もどんどん昂っていく伊吹に、一生懸命キスをされている。そのことが俺をさらに興奮へ導いた。伊吹のやや斜め後ろに立つ志摩を見て、目だけで挑戦的に笑い返してやる。
ッカーン
聞こえないはずの鐘の音が鳴った。
志摩がごそごそと、衣服の上から伊吹の胸を弄り始めた。服越しでもささやかにツンとした乳首を志摩の指が撫でる。伊吹はそのわずかな刺激でも十分に感じたのか背中を後ろにしならせた。その拍子に唇が離れていく、残念。
「昔の俺に、乳首で気持ちよくなれるの、バレちゃうぞ?」
志摩が伊吹の耳に吐息を吹き込むように囁いた。
「あっ♡ ……うぅ、恥ずかしいから、ダメ……」
口ではそう言いながら、もっと触って欲しいと言わんばかりに胸を突き出している。完全に勃ち上がっている伊吹の陰茎は、スウェット生地を押し上げていた。キスと乳首を撫でられるだけで、これだけ。伊吹の感度の良さを目の当たりにし、伊吹の素肌に感興が湧いてくる。じれったく、見せつけるように、志摩が伊吹の服をたくし上げていく。陽に焼かれていない滑らかな肌が現れた。無駄を一才許さないストイックな体躯を、志摩の指が撫でるたびに震えて、夢中になった。そうして胸まで持ち上げられて、胸元全体を薄く桃色に染め赤く充血する乳首が目の前で恥ずかしげに揺れた。摘んで扱くようにクリクリと刺激されると、伊吹は喉を反らせて快感に悶えた。
「あ゙っ♡ ゔぅ〰〰……♡♡」
「伊吹、ほら、乳首舐めて欲しいってお願いしたら?」
「はぁ、ハアッ……しまちゃ♡ おれの乳首舐めて……、きもちよく、してぇ」
自分で服を両手でたくし上げて、ずい、と赤く熟れるような乳首を差し出した。堪らなくなって左側のそれに齧り付くように舌を這わせ、右手でもう一方をキツく摘んだ。
「はあぁっ♡♡ あ゙ッ、ふぅ……ゔぅ〰〰♡ きもぢい゙……♡♡」
後ろ髪を背後の志摩の胸に擦り付けるように、大きく仰け反り感じている伊吹の震えが大胆になっていく。かくっかくっ♡と腰を震わせ、俺の膝に軽く陰茎を擦り寄せるようにしている。これ以上逃げて行かないように伊吹の片脚を太腿で挟んで動きを制御した。軽く擦り付けられるだけだったソレが、角度を変え強く擦られることでまた大袈裟に背骨がしなる。
「あ゙ぐ……♡ も、イクい゙ぐ……っ♡」
「こら、イく時の顔見せてやれよ」
志摩が仰け反り上を向く伊吹の顎を強引に掴んで俺の方へ向かせた。快感が滲み潤む目元が真っ赤で、その表情だけで背中にゾクリと電流が流れ股間が質量を増した。目があったまま、伊吹は息を呑むように悶えそのまま絶頂した。強張っていた身体が弛緩し、志摩に枝垂れかかった。
「はぁ♡ は……♡ ゔ〰〰しまぁ……」
気怠げに腕を持ち上げ、志摩にハグを求めている。よくできましたと子供をあやすようにその身体を受け止め、顔を撫でながら甘やかなキスをしている。膝に乗ったままの伊吹の股は、グレーのスウェットの色を濃く変えていた。志摩のその手に顔を擦り付け甘えている伊吹が、ゆっくり立ち上がり志摩にぎゅぅっと強く抱きついた。抱き留めた志摩の手が不埒に伊吹の尻まで伸び、その柔らかそうな双丘の間を撫で開くように持ち上げた。この身体に、その奥があることを知らされまた喉が鳴った。
「あっ♡……!」
「今こいつのココ、とろとろ……」
志摩が伊吹、と呼ぶと小さな花でも飛んでいるかのような笑顔を綻ばせ、完全に志摩に飛び乗る。いわゆる抱っこの状態だ。
「知りたかったら、シャワー浴びて寝室に来いよ」
伊吹のナカ、知りたかったら……志摩に言われたことを反芻し呆けていると、志摩は伊吹を抱えたままくるりと身体を翻し寝室に向かった。振り返って伊吹と目が合う。嬉しそうに志摩の首にしがみつきながら、ウィンク、投げキッス、バイバイと手を振った。
……かわいいかよ、苛立ちにも似た感情が駆け巡る。良いなあ未来の俺、幸せそうで、ムカつくわァ……勇んでシャワーを浴びて、いつの間にか用意されていた下着とスウェットに着替えた。二人が消えていった寝室の前まで足を進める。ドアノブに手を伸ばしたその時、扉の向こうから伊吹の善がり声がこちらまで響いた。仕事柄、突飛な場面に遭遇し易いけれど、他人のセックスに混ざるなんて経験はない。いや、他人、ではないか、俺なのだから。ならいいか。意を決して扉を開けた。
「あ、早かったな」
志摩が伊吹を後ろから抱くようにしながらヘッドボードに背をつけ座っている。大胆に開かれた伊吹の両脚、その中心にはてらてらと妖しく光る秘所が惜しみなく晒されている。一瞬、むせ返るような性の香りに呆気を取られるが、ぐち、ぐちゅ、と絶えず鳴る音に意識が持っていかれる。志摩の指が伊吹のアナルをほぐすように動かしていた。俺の興奮を見取った志摩がニィと、伊吹の肩越しに笑った。
「はぁ♡ はふ、しまちゃん……良かった、まだいた……♡」
蕩ける表情の伊吹が笑いかける。この淫靡な状態にも関わらず、綻ぶ笑顔はあどけない。緩やかに動いていた志摩の指がまた大きく動き出し、湿った粘着質な音が再び大胆に響く。
「昨日もしたから、もう挿入ると思うけどもう少し解した方が気持ちいよなあ、伊吹」
「はぁっ♡ はあ、ん゙ぅ♡ やら、しまちゃ、見ないで……♡♡」
確実に今のは、もっと見て、だった。懸命にはくはくと拍動を繰り返すそのナカの、熱さと柔さを想像するだけでごきゅりと無意識に喉がなる。再び血液が一点に集うのを感じた。
「ナカ、触ってみるか?」
志摩の挑発するような声で意識が戻る。誘われるようにベッドに片膝を着くと、3人分の重さを受け止めるベッドのスプリングがぎしりと鳴った。おずおずと伊吹に近づく度、喉の渇きがひどくなる。志摩なのであれば全て愛すと言い切った、無償の愛を分け与えてくれた伊吹に、完全に欲情している。伊吹の瞳に映る俺が今どんな顔を向けているのか、知りたいような知りたくないような、期待と背徳を綯い交ぜにした気持ちを抱えながら指を伸ばした。
「はぅ……ンッ♡ 志摩ちゃん、指冷たい……緊張してるの……?」
「は、う、伊吹……」
「……だいじょーぶだよ♡ 俺のイイトコ、覚えて……」
伊吹が小さく嬌声を漏らしながら俺の手首を掴んでゆっくりと動かした。まるで俺の中指と薬指を自慰に使っている姿に釘付けになった。
「はあっ♡ そこ、きもち……ッ♡ しま、しまちゃんッ♡」
はくはくと唇を戦慄かせながら感じている。伊吹のナカの熱さに触れているだけで、どうにかなりそうだ。掠る度伊吹内腿の筋が跳ねる一点を狙って、指先を軽く抉るように押し上げる。強まった快感に伊吹の動きが止まり手が離れた。俺の手でもっと乱れて欲しくて夢中で伊吹のナカを弄る。
「あ゙、あぅ♡ あン♡! きもちい゙ッ♡♡ そこしゅきッ……♡」
感度が高まると呂律が甘くなる伊吹が可愛い……加虐心が煽られた。もっと奥へと媚びるようにぎゅうぎゅう♡うねるこのナカに、早く、ぶち込みたい、その意識で脳内が支配されている。
「あ゙ゔぅ〰〰〰♡♡ もうイクっ、ね、しま、イっていい゙♡? いい、でしょッ?」
「……ん、いいよ」
「はぁっ♡ ハッ♡ い゙ッ……♡♡♡」
きゅうきゅうと指を締め付けながら大きく拍動している。伊吹の陰茎は震えるだけで白濁が出ている様子はなく、アナルへの刺激だけで達したのだろう。メスイキ、というやつか……と頭の片隅で他人事のように思った。自分の指にまとわりつくローションが伊吹の愛液に思えて、糸引く指の間を見つめた。
「ほら、イかせてくれてありがとうは?」
まだ絶頂の余韻で力なく志摩の腕に懐く伊吹の耳に子供に促すように志摩が囁いた。まだ少しうつろな目で手をついて、四つん這いの体制をとった伊吹が、ベッドに膝を突く俺の股間を撫でた。俺自身が大きく膨らんでいるのをうっとりと眺め、鼻先で擦り寄った。その余りにも官能的な仕草に釘付けになっていると、嬉しそうに細められる瞳に見上げられる。
「……志摩ちゃん、お礼するね……♡」
そう言いながら下着ごと服を降ろされると、ブルンッと勢いよく俺の愚息が現れる。大した刺激もされていないのに完勃ちだった。伊吹の頬を打ってしまい羞恥心に顔が熱くなる。
「い、ぶきさん……」
「ん゙、ちがうでしょ?」
「……伊吹?」
「ン♡ 正解♡」
そう言って口をかぱ♡と開くと、大きく膨らんだ亀頭を咥え込んだ。滲む先走りを吸い取るように、甘く先端を吸われて背筋に力がこもる。何度かちゅうちゅう♡と吸いつかれたあと、そのままゆっくり喉へ飲み込まれていく。え?まだ、挿入るのか……?いちばん太い幹までも、伊吹のその小さな口へ収まっていく。どこまで入ってしまうのか不安に思いながらも、腰を引くことはしなかった。むしろその丸い後頭部を掴んで自己本位に腰を振りたい、そんな凶暴な感情を押し殺すので精一杯だった。
「ふゔ……ッ♡」
伊吹の鼻が俺の下生えに埋もれる。亀頭が喉奥に押し当てられる、その度苦しそうに眉を顰めながらも唇を離そうとはしない。喉が異物を押し出そうと畝るが、伊吹はその苦しささえも快感に変わるようだった。口、そして喉いっぱいに俺を咥える伊吹が、目元を真っ赤に染め生理的な涙を浮かべ見上げてくる。その瞳の奥には確かな欲情を見て取れて、快感が電流となって身体中を駆け巡る。頬に手を添えて、溢れそうな涙を親指で拭った。
「……〰〰ぷはぁッ♡ はぁ、ハ、ゲホッはへ……♡♡」
ずろろ♡と伊吹の口から陰茎がでていく、伊吹の唾液と俺の先走りでぐしょぐしょで、血管が浮き出て張り詰める陰影をより凶悪に見せている。息が落ち着いた伊吹は再び亀頭をパクリと咥え込み、吸い付いてカリ首を舌先で辿りながらゆっくり頭を前後させている。
「……伊吹、挿入れるな」
伊吹の背後に膝立ちになる志摩が、尻の合間に陰茎を擦り付けながら伊吹に言った。完全に存在を忘れていた。
「ん……♡ あれ、ナマでいーの……?」
「伊吹、ナマ好きだろ?」
「すき♡ でも、いつもは志摩がダメって、嫌がるのに……」
「……そーだっけ?」
とぼけながらも容赦なく腰を推し進め、伊吹が背筋を震わせて感じている。後ろからは志摩に抱かれながら、それでも俺のちんぽから口を離さず健気に吸い付いている。志摩が腰を打ち付けるたびに善がり声を零し、伊吹の口淫が激しくなる。この倒錯的な光景にひどく興奮をしていた。気を抜けばイッてしまいそうになるのを腹に力を入れて耐えるかわりに、自分の息遣いがどんどん荒く激しさを増す。歯を食いしばって耐える俺を一瞥した志摩は、伊吹の細腰を両手でしっかりと掴んで固定し、力強く、腰を大きく打ち付けた。湿った肌同士がぱちゅん!と派手な音を立てる。
「んお゙っ……♡♡ あ゙ッ♡ 奥キた……ッ♡♡」
その弾みで伊吹の口が離れてしまう。そのまま志摩が腰を抑え込んで強くナカを抉るように律動し、同じリズムで伊吹から嬌声が鳴る。……面白くない、そう思って伊吹の顎を掴んで陰茎を口元に当てた。
「伊吹ぃ、こっちが疎かになってるぞ?」
「あ゙っ♡ ゔ♡ しまちゃ、ごめ……ッ♡」
志摩に後ろから揺さぶられながら懸命に伊吹が舌を伸ばしているが、ピストンを緩めないためになかなか上手く咥えられない。仕方がない、伊吹の口へ誘導してやる。やっとの思いで先端を咥え、ちろちろと舐められている。そんな刺激じゃイける訳がなくて、だんだんとイライラが募った、ちんぽに。
「そんなんじゃイけねぇよ、伊吹、……もういいな?」
伊吹の顔を抑え込んで、腰を押し付けた。伊吹の喉から空気が掻き回されるひどい音がするが、今はもう、それさえ興奮を煽った。反射的に伊吹の両腕が縋るように俺の太腿を掴むが、力が入らない。前後から、むちゃくちゃに揺さぶられながらも、見下ろす首筋は快楽に支配され赤く色付いている。……可哀想に、やっかいな男に惚れてしまったな、伊吹さん。頭を掴んでた手を離すと俺の陰茎から口が離れて伊吹さんが大きく咽せるが、ナカを責め立てる動きは弛まなかった。
「ゲホッ、かひゅっ〰〰あ゙ぁ♡ いく、いぎゅ……♡♡」
「はぁ、は、あっ……いぶき、イク……ッ」
「しま、ッ♡ なか、ちょうだい♡ あっ、んあぁ……ッ!」
メスイキをしながらも、顔をこちらに向け舌を伸ばしている。
「はあっ♡ はンッ♡ しまちゃ……♡」
「ゔっ……く、いぶき……ッ」
そのぐずぐずに蕩けた表情を見ながら自身をシゴいて、伊吹の赤い舌の上に白濁を吐き出す。出し切ったのを受け止めた伊吹は、亀頭に吸い付き全てを吸い取った。
食欲、性欲が満たされたことで、突如襲い掛かる二徹後の睡眠欲に抗えず、俺は意識を手放した。
次に目を覚ますと見知った天井が目に入るが、先ほどまで見知らぬ人の寝息も耳に入る。のそりと上体を起こすと、志摩の腕の中ですよすよと健やかな寝息を立てる伊吹がいた。その寝顔がとても穏やかで思わず笑みが溢れた。とりあえずタバコが吸いたくなってサイドチェストに手を伸ばすが、定位置にタバコが無い。……そうだ、ベタ惚れらしいこの俺はもうタバコを辞めたんだったな。この空間に残り香を漂わせるのは気が引けて、ジャケットのポケットに入れたタバコの存在を頭の片隅へ追いやった。しかし、そういえばここは俺の家でもあるんだ、変に気を遣うのもおかしいだろ、そう開き直ってシャワーを浴びる。まだ柔らかな朝日が目に差し込んで、目の奥がじわりと熱を持つ気がする。まだ眠り足りない、早く帰ろう、そう思った。まだ靄がかかる思考のまま、のんびりシャワーを浴びて浴室を出ると、俺が着ていた衣服が軽く正されて置かれていた。伊吹だろうか、有り難く身につける。甘い夢から覚める、そんな気がして静かに玄関へ向かった。
「ねえ、志摩ちゃん」
玄関のドアノブを掴もうとしたその時、伊吹に呼び止められた。壁に緩くもたれかかって、こちらを見ている。リビングの窓から差し込む朝日が昇り始めていて、その陽を背負う伊吹の表情はよく見えない。
「これは、俺からのアドバイス、屋上には絶対行けよ」
「……なんで?」
不思議と、どこの屋上だろうとは思わなかった。
「ん? なんでだろうね」
慈愛を讃えた目で伊吹が笑っている気がする。
「俺は、志摩が全然冷徹なんかじゃなくて、いやなれなくて、あっちい男なのを知ってる、だから大丈夫」
伊吹が一歩こちらに近づいて、伊吹の表情がよく見えるようになった。その表情は、想像よりももっと真剣で、願うような思いを滲ませている。この人は俺がこの後歩む道を知っているのだろう、俺の根幹を揺るがすような決定がこのあと待っている、そう予感させた。
「何が正解かなんか、わかんねーよ、でも志摩は、いつだって正しいスイッチを押せる」
「自信ないなぁ」
「俺は信じてる、な!」
伊吹が信じてくれるならそうなんだろう、妙な感情が自信となって湧いてきて、案外俺も単純だなぁと笑ってしまう。いつでも正しいスイッチを押せる自分でありたいと思いながらも、消えない不安が胸をよぎる。
「そのスイッチに気付いても、押したら……俺は伊吹に会えない?」
先ほどまであんなに近くにいた体温が、急に恋しくなってしまって伊吹の指先に手を伸ばした。弱い力で軽く握ると伊吹が少し目を見張って、パチリと瞬きをした。
「……会えるよ」
さも当然、そう言い切るように、何でもないことを言うように伊吹が言う。未来を変えてしまいそうなアドバイスをしながら、そこに揺らぎはない様子だ。
「随分自信があるんだな」
「そりゃそーよ、伊吹藍の志摩一未へのBIGLOVEを、侮ってもらっちゃぁ困るな!」
「ふ、幸せ者だな」
「そうよ、志摩を幸せにすんのは、どんな世界でも俺って決まりなの!」
朝日がさらに高く昇っていく。暖かい指先から手を離そうと力を抜くと、今度は伊吹にぎゅっと手を握られた。
「……もう行くの」
「ああ、うん」
少しだけ潜められた眉間に力が入っている。握られた手を自分に引き寄せて耳に囁いた。
「俺も早く、会いたいから」
滑らかな頬に小さく唇を寄せた。
「伊吹に」
横顔がふっと軽く息を吐き出して笑った、そうだ、伊吹は笑ってるほうがいい。
「……そっか、待ってる」
「おう」
扉を開けると快晴で、眩しいくらいに明るい空が見える。一歩足を踏み出した。
「奥多摩で待ってるからなー!」
伊吹がそう言って見送ってくれた……奥多摩?なんで?そう思いながらまた一歩踏み出す。
今日もまた1日が始まる。キーケースを取り出して家の鍵を閉めた。睡眠時間はそんなに長く取れなかった、だけどいつもより体がスッキリしている気がする。やっぱり、短時間でもしっかり自宅で寝るのがいちばん疲れが取れるんだな、目の下の隈を思い眩しい朝日から目を隠した。昨晩ひとつ捜査本部が閉じた。今日はその事後処理をしてさっさと帰ろう、今は久しぶりに肉じゃがを無性に食べたい。大した料理をしないキッチンだが、たまには悪くないだろう。そう思いながら駅の改札を抜ける。構内の柱に張り出されている、小旅行を勧める「奥多摩 ダム見学」のポスターがやけに気になった。